空港まで行って「空振り」

送金はすでに完了しているため、幸子は現場を離れて上陸できるはずだった。

ところが、送るはずの荷物が「税関で足止めされている」などと言い出し、今度は通関証明書の支払いが求められているという。その額は312万円。最初の振り込み額の倍以上だ。そもそも日本国内での荷物搬送なのに、「税関」とはいったいどういうことか。

「母の体調が悪い。治療費がいる。お金を返してくれ」は既読にならず。約640万円の国際ロマンス詐欺にあった誠実な男性が失ったお金以上のもの_3

「すぐに返済する」と引き下がらない幸子との押し問答の末、半額分の156万円を支払うことで話が落ち着いた。再び暗号資産を購入して送付後、幸子から「やはり半額では荷物が送れない」と言われ、仕方なく翌日、170万円を追加した。久志が思い返す。

「9割方は相手を信じていました。残り1割は信じていなかったけど、ここでお金を支払わないと全額戻ってこないと思ってしまったんです」

国際ロマンス詐欺を専門に対応している、東京投資被害弁護士研究会の金田万作弁護士が、こんな事情を説明する。

「投資詐欺でよくあるパターンとして、損を取り戻そうとする心理があります。為替などの資産が値上がりして含み益が生じたところで、売却して利益を確定させる利確はできるのですが、損切りはできないんです。つまり損した場合は、ずっと損切りせずに持ってしまう。損を現実化したくない心理が働くのです」

久志もその心理状態に陥っていたのだろう。

知り合ってから約1か月半後。幸子とようやく空港で会う日を迎えた。

「空港に到着したら、職員に『石井幸子』という人物が乗客にいるかどうかを尋ね回りました。寒いかもしれないからと車の後部座席に毛布を積み、温かいコーヒーもポットに入れて用意していたんです」

しかし、いくら待てども幸子は空港に現れず、電話もつながらなかった。

それでも幸子とメッセージのやり取りを続けた。またしても、基地を離れるのに170万円が必要だと迫られ、それも暗号資産で送金してしまう。この時点での振り込み総額は636万円。その数日後、幸子との連絡が途絶え、ようやく騙されていたことに気づいた。

「母の体調が悪い。治療費がいる。お金を返してくれ」

久志が最後に送ったメッセージは、いつまでも既読にならなかった。