明治中期に生まれ大正デモクラシー期に
青春時代を過ごした波平はトリッキーなキャラ?
さて。
賢明なる読者はとっくにお察しのように、ここまでの本稿はすっとぼけて書いているわけで、僕が本気で波平と今の自分とのギャップを不思議に思ったり不審がったりしているわけではない。
長谷川町子作の漫画『サザエさん』の中で、サザエの父・磯野波平は、1895年(明治28年)生まれの54歳と初期設定されている。
『サザエさん』は1946年(昭和21年)に福岡県の地元紙「夕刊フクニチ」で連載がはじまった漫画なので、連載3年目の1949年(昭和24年)時点での年齢設定が、波平のキャラとして固定されたことになる。
僕は1969年生まれだから、1895年生まれの波平とは生年に74年もの開きがあるのだ。
だいぶ前に鬼籍に入った僕の祖父は1911年(明治44年)生まれだった。
波平はさらにその上、僕にとって曾祖父より少し下くらいの、2.5世代ほど上の人間ということになる。
いくら“同い年”つったって、分かり合えるわけないではないか。
よく考えてみると、十九世紀生まれという、ほとんど歴史上の人物のような設定のキャラが、漫画の波平もアニメの波平も時代に合わせて多少キャラのアップデートがされてるとはいえ、現在も日本の象徴的なお父さん像として扱われていることこそ、本来は驚くべきなのだ。
なにしろ1895年といったら、ベーブ・ルースや伊藤野枝(大杉栄の愛人)の生まれ年だ。
でも1895年生まれということは、1910〜20年代に巻き起こり、日本人に初めて自由主義と民主主義の空気を伝えた大正デモクラシー期に青春時代を送っているわけだから、もしかしたら波平は、意外と現代人に通じる気風を持ち合わせていたのかもしれない。
そういえば、テレビアニメではサザエやカツオをすぐに「バカモン!」と怒鳴りつける、いかにも明治生まれの威厳ある家長として描かれているが、実は原作漫画内の波平は、漫画のオチとして使われることの多い温厚で茶目っ気のあるキャラだ。
そしてアニメの方の波平もさらに深く観察すると、最終的にカツオに手玉に取られることが多いことに気づく。彼が示そうとする家父長的威厳は、一種のポーズにすぎないのだ。
また、服屋のショーウィンドウの前で唐突に「わしも少しは若く見せるようにせんとな」とつぶやき、ストリート系コーディネートで決めて一家を戸惑わせたりもする。
すると波平は、一見、明治生まれの厳格な家長と見せかけながら、僕のような威厳のかけらもない“令和時代の緩いパパ”に通じる性質を内包する、非常に複雑でトリッキーなキャラであると考えることもできるだろう。