幸福とは「快楽」と「やりがい」で構成される
FIRE後の人生の問題は、おそらくやりがいです。
幸福というふわっとした概念を科学的に考えているポール・ドーランは著書『幸せな選択、不幸な選択──行動科学で最高の人生をデザインする』(早川書房)にて「幸福とは、快楽とやりがいが持続することである」と定義しています。
人は幸福を写真的に捉えます。FIREを達成した瞬間を想像するのは写真的です。しかし、FIREを達成した後の人生を想像し幸福かどうかを判断するのは映像的なことです。僕たちは一瞬の幸福が欲しいのではなく、幸福で居続けたいと思っているはずです。
ハッピーエンドの映画のその後の人生が幸福でなければ、それは幸福な物語ではありません。だからこそ、持続というのは大切な要素です。
ではポール・ドーランの「快楽」と「持続するやりがい」を考えてみましょう。「快楽」はシンプルです。美味しいものを食べる、旅行に行くなど、一時的なものが多いでしょう。おそらく多くの人は「幸福=快楽多き人生」と思うかもしれません。
しかし、最近増えてきたFIREをやめた記事などではやりがいの欠如がゆえにFIREをやめたことが書かれています。このやりがいは、時に苦痛や苦悩が伴います。ポール・ドーランは同著で子供について「子供たちは、私たち夫婦に少しばかりの快楽とたっぷりの苦痛ととてつもなく大きなやりがいをもたらしている」と書いています。
僕は仕事とは不思議なものだと思っています。朝起きて働くことが嫌になるし、嫌な仕事や面倒と感じることもたくさんあります。それでも、苦痛を感じながらもやりがいも感じます。このやりがいがあるからこそ、苦痛を受け入れられると思います。
この「快楽」と「やりがい」という2点で幸福を見た場合に、遠い未来にFIRE達成する選択より、近い未来にやりがいのある仕事をできるようにする方が僕にとっては現実的に思えるからこそ、FIREを魅力的に感じないのだと思います。