「ピアノの音色は心が洗われる」
夜もすっかりふけた午前2時すぎ。今度は3人組の若い男性グループがやってきた。そのうちのスーツ姿の男性が、酔っているのかフラフラとピアノ椅子へ。弾いたのはベートーヴェンの『悲愴』だ。
「会社の先輩が僕のピアノを聞きたいってうるさくて、飲み会帰りにしかたなく来たんです。『悲愴』もこの人(先輩)のリクエストですね(笑)」
酔っているのか照れているのか、頬を赤らめて話す坂井さん(仮名・24才)は、都内のIT企業に勤めるサラリーマン。幼稚園の年少からカワイ音楽教室に通い、年に一度開かれる「カワイ音楽コンクール」のピアノ部門でも、毎年入賞するほどの実力だったという。
「でも、中学でバスケ部に入ってからは、『ピアノってダサくね?』とバカにする自分もいて。反抗期も重なったせいで、週に1度のピアノ教室に通うのも億劫になって、中学卒業と同時にやめてしまいました。
そこからピアノとは無縁の生活を送っていたんですけど、大学受験の勉強の合間に気がついたらYouTubeでショパンの『ノクターン2番』や、盲目のピアニスト、辻井伸行さんが演奏する『英雄ポロネーズ』を見てたりして。今、思い返せば『僕ってやっぱりピアノが大好きだったんだな』と」
当時を懐かしむ坂井さんにピアノの魅力について尋ねてみると、笑顔でこう語った。
「ピアノの音色って“不純物”が一切入っていないので、聞いていて心が洗われるんですよ。もちろんJ-POPやロックも大好きなんですけど、やっぱりクラシックには敵わない。今日は会社の人たちと一緒なので、リクエストされた曲しか弾いてませんけど、今度ひとりで来たときは、思いっきり自分の好きな曲を弾いてみたいですね(笑)」
深夜、ここから奏でられるピアノの音色が、歌舞伎町の人々のすさんだ心を少しでも洗い流してくれることを願う。
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班