自分の能力が優位性をもつ市場を見つけろ
デリヘルドライバー風見隼人が挑戦したクラシック音楽は、限られたトッププレイヤー(選ばれし者)しか生き残れない世界だった。
これは他の芸術やプロスポーツ、囲碁や将棋も同じだろう。スターというのはゲームに独り勝ちする者で、その陰には膨大な数の敗者がいる。
風見はバイオリンの才能では2番目のプレイヤーだったかもしれないが、自分には圧倒的な才能と圧倒的な努力が欠けていることに気づいた。だからこそ、音楽とはなんの関係もないホストの世界でトップを目指そうと考えるようになったのだ。
それに対してネイト・シルバー(アメリカの統計学者、選挙学とセイバーメトリクスを応用して、選挙結果を予測している)は、オンラインポーカーでトップになれないと気づいたとき、子どもの頃から好きだった野球の統計分析に関心を移し、さらに選挙分析に転身して、ニューヨーク・タイムズにブログをもち、「世界でもっとも影響力のある100人」に選ばれるなど、大きな名声を獲得することになる。
しかしこれは、風見の選択が愚かで、シルバーが賢かったということではない。
風見のバイオリンの才能は、残念ながら、他の分野への転用が難しい。ピアノやチェロなどの楽器はもちろん、指揮者や作曲家にしても、クラシックのそれぞれの分野には成功を目指して努力してきた天才たちがいる。
どこにいっても、水面は90%か95%以上なのだ。
それに対してシルバーの数学・統計的な才能には汎用性があった。
ポーカーの世界には自分にはとうていかなわないトッププレイヤーがたくさんいるとしても、野球の世界はいまだにスカウトの勘や経験がすべてで、マイケル・ルイスが『マネー・ボール』で描いたように、統計分析によってコストパフォーマンスの高い選手を見つけようとする球団はほとんどなかった[*2]。水面が80%よりずっと下だったのだ。
*2 マイケル・ルイス『マネー・ボール〔完全版〕』中山宥訳、ハヤカワ文庫NF
シルバーが次に目をつけた選挙も同じで、予測が社会に与える影響がきわめて大きいにもかかわらず、旧態依然とした世論調査を政治評論家や政治ジャーナリストが主観で評価しているだけだった。
驚いたことに、その水面は野球よりもさらに低かった。ネイト・シルバーはブルーオーシャン(ライバルのいない独占市場)を見つけたのだ。
ここから、重要な教訓を得ることができる。それは、
自分の能力が優位性をもつ市場を見つけろ
というものだ。どれほど高い能力をもっていても、優位性がなければなんの意味もない。それに対して、平均よりはすこし上(上位30~40%)の能力しかなくても、競争相手の平均がそれ以下ならじゅうぶんな利益(金銭的な収入と高い評価)を獲得できるのだ。
文/橘玲 写真/Shutterstock