10冊書くとプロになれる
北方 今日はとてもおめでたいんです。だけど新人賞をとって生き残る確率って、僕の感覚から言うと、50分の1くらい。小説すばる新人賞はもう少し確率が高いんだけど、いずれにしても、明日からは地獄をかみしめてもらわないといけない。といっても新人がやるべきことは、書くことだけです。あまり考えすぎないで、担当編集者が辟易するくらい書いて、原稿を渡せばいい。
青波 はい。小説すばる新人賞出身の篠田節子さんが、新人は、受賞から授賞式までの間に次作を書いているくらいでなければいけないとインタビューで話されているのを読みました。そうなんだ、と思って書き始めています。
北方 篠田さんがそんなことを。やっぱり作家は言うねえ。つまり大事なのは継続です。継続しなかったら話にならないんだから。10冊書くとプロになれるだろうね。
青波 はい。まずは10冊。
北方 僕は若い頃、純文学を書いていたんです。当時はボツだらけで、ボツ原稿を積み上げたら背丈を超えていた。エンターテインメントに転向して、最初に本を出したときに、こういう本をどのくらい書いたら作家になれますかと編集者に聞いたら、年に3冊、それで4、5年たったらプロの作家になれていますよ、と言われた。その年は3冊くらいだったんだけど、翌年からは10冊書いていた。
青波 すごいですね……。
北方 10冊なんて、絶対書けるわけないと思うんだよ、書く前は。それが、ハッと気づいたら書いてる。その後、毎月のように本を出すようになって、「月刊北方」と言われていた時代は、9か月で12冊出していた。残り3か月は、海外を流れ歩いていたんです。
青波 旅行されていたんですね。
北方 仕事を旺盛にやっているときは、遊びのエネルギーも出るんですよ。年3冊くらいは書けるでしょう?
青波 頑張ります。
北方 生き残るためにすべきことは、唯一、継続です。才能があっても継続できなければ消えていく。僕のようにとにかく書き続ける馬鹿力があれば生き残れます。
青波 さきほど、忙しかった時代に旅をしていたとおっしゃいましたが、旅は、創作に何か影響を与えましたか?
北方 結果としてはあるかもしれないですね。だけど、それを目的として行ったことはないです。
青波 取材ではないと。
北方 取材で旅をしたら何も見えない。結果として旅が小説に生きることはあるんだけど、ただ、小説にならないようなところばかり行ってたからなあ。たとえば西アフリカに行きました。あのときはイミグレーションで、職業を聞かれたんです。「ノベリスト」って答えたら、そんな職業はこの国にはないと。「リベラリストか」って聞かれたんだけど、当時は軍事政権下で、リベラリストは逮捕される。だから焦って、いや違う、書いているんだと、手振りで示したら、アーティストだなと言われて、無事に入国できました。
地方に行ったら、子どもが飢えているんです。食料を持っていたんだけど、あげられないわけ。今日あげられても、明日はあげることができないから。できるのは、自分も食べないことですよ。食べないで、水だけ飲んで、飢餓地帯を抜けました。そのとき思いました。この国にノベリストがいるわけねえなって。飢えた子どもの前で文学は無力であるとサルトルも言ったけど、観念的なことではなくて。
青波 文字通り無力であると。
北方 本当に何も役に立たないんだな、と思った。人って何だろうって考えました。自分はなんで小説書いてるんだろうと。感性が瑞々しくなるよね、旅は。だから、したほうがいいですよ。
青波 僕も旅は好きで、昔はベトナムとかタイとか、アジアを中心にいろいろな土地を回っていました。旅をしていると、日本にいるときよりも、人間に触れることができるというか……。
北方 知らない土地に行くと、触れざるを得ないよね。
青波 はい。で、エネルギーが湧いてきます。この小説も、廈門の街や、廈門で出会った人たちが書かせてくれたところがありました。
北方 人と物語が好きだったら大丈夫です。書き続けてください。
青波 はい。今日はありがとうございました。