新しい働き方、暮らし方で関わる人が増えてほしい

大森町はメインの生活道路が1本で、そこに沿うように古い建築を修復した家屋や店舗が並んでいる。松場さん達は群言堂本店、古民家宿・他郷阿部家(たきょうあべけ)や社員寮など、これまで11軒の古い空き家を改修、再生させ、実際に使える建物に直してきた。「長い時間をかけて大森町の風景をつくり、風土に投資してきた」(登美さん)のだという。

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古民家を改修した群言堂本店

「風景は建物単体では成り立ちません。家はお金を出せば買えますが、町の景観は、お金をかけるだけや行政の枠の中だけではつくれません。時間と手間暇をかけてきた古民家再生や風土への投資は、私達なりの社会に対する提言、闘い方だったのかもしれません。

『プロセスエコノミー』とでも言うんでしょうか。プロセスを楽しんで、次の次の世代へとつなぐ持続可能性のあるビジネスでなければ駄目で、石見銀山の景観も、群言堂も、孫の代まで、まだまだ良くしていける可能性を感じます」(大吉さん)

現在大森町の本社で働く社員約70名のうち、Iターン&Uターン組が3分の2を占める。全国に31店舗展開する群言堂店舗まで入れると200名近い社員を抱えるが、最初は従業員を集めるのが大変だった。

「ハローワークに求人を出しても誰も応募してこない(笑)。でも私や登美さんが各地で講演活動などするようになった12、3年前位から、ここを見たいという人が増え、スタッフが集まり始めました。この地域が好きだという、多様な人材が集まり始めて、人の働き方も変わってきたと感じています」(大吉さん)

400人という町のコンパクトさが、暮らしやすさに関係しているのだろうか。

「コミュニティのあり方がわかりやすい、町の一員にすぐなれるというのはありますね。土地と関われる、根のある暮らしができる感覚。私がUターンしてきた時の人口は600人程度。今は400人をキープしていますが、500人以内のスケールだと、全員を知っていて、下の名前で呼ばれ、顔認証で通る(笑)。

大都市では勤務先を一歩出ると、町と一切関わりのない生活の人が多いけれど、この町は、朝『おはようございます』で始まり、『お帰りなさい』と迎えてもらえる。でも、スローライフは全然スローじゃなくて忙しいですがね。お祭りだとか、やることが沢山ありますから」(大吉さん)

若い家族が数年間暮らすなど、人が入れ替わるのも歓迎だという。

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時間をかけて再生させてきた町を背景にカメラにおさまってくれた松場夫妻
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「子どもが小学生の間だけ暮らすとか、二拠点生活の一つにするとか、新しい働き方、暮らし方で関わってくれる人が増えるのは嬉しいですね。元々ここは鉱山の町。外から来て、去っていく人も、何かしら足跡をつけていってくれればいいんじゃないでしょうか」

二社の創業者は最初から若者の移住を目的にしてきたわけでも、相談して一緒にやろうと決めたのでもない。ただそれぞれに共通していたのは、「廃れゆく故郷を何とか存続させ、甦らせたい」という強い願いだった。

揺らがない熱意と地道な努力で再生されてきた町は、血縁など無関係に、自分の意志で集まって来る次世代の若者達をひきつけ、受け継がれている。

撮影/渡邉英守 取材・文/中島早苗 

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