日本人はなぜ「人権」という言葉が苦手なのか_5
(谷口真由美氏)

研究は目的ではなく手段 「アカデミック・アクティビスト」であるために

藤田 私は文章を書くのがそれほど得意な人間ではないのですが、今回、初めてこういう一般書を書いたのは、書かざるを得ないと感じたからです。国際人権の専門書ってものすごくたくさん出ていますよね。専門家もたくさんいるのに、普通の人は「国際人権」という言葉さえ、ほとんど知らない。ましてや人権に関する条約や政府の責任、国連の特別報告者とか、個人通報制度のことなどが全然知られていないのは問題だし、残念だと思ったんです。

でも実際に始めたら、論文を書くよりよっぽど難しかった。専門書でも教科書でもないと肝に銘じながら書いても、どうしてもまどろっこしくなってしまうので、編集者にたくさん赤を入れてもらって。真由美さんはこういう一般書をたくさん出されたり、メディアでも活動されていて、あらためてすごいなと思ったんです。

谷口 でも私、メディアに出てるとめちゃくちゃ内輪の人からも悪口言われてますよ。あんなのが国際人権法学者を名乗るなんて、アカデミアを冒瀆しているだの、むちゃくちゃ言われます。だけど、私はいま、自分のことをトランスレーター(翻訳家)だと思っているんですね。いま、最先端の精緻な理論を構築する仕事はできているかといえば、できていないけれど、その代わり、そういう仕事をされている学者の理論や情報を一般の人にかみ砕いて伝えることはできる。

トランスレーターの仕事をする人間がいないと、つまり、研究している人間すべてがアカデミアのなかに閉じこもっていると、いつまでたっても「国際人権法」が日本では知られないんです。だからテレビに出るときは、あえて、「専門は国際人権法」と、プロフィールに入れてもらうようにしています。

藤田 アカデミズムには「学会に就職する」という考えもあるようですが、業績のために、ごく一部の人しか読まない学会誌に載せることばかり重視するなら、何のための研究なのか、と思いますよね。そういう思いから、私はこの本で「アカデミック・アクティビスト」という言葉を紹介しました。社会に影響を与えることを主眼とした研究者のことで、私の恩師のポール・ハント先生がまさに、アカデミック・アクティビストです。

ハント先生は素晴らしいプロフェッサーですが、その地位と知識を、社会の問題を解決するために使っている。研究は手段であって目的ではないんです。私にとっても、エセックスでPhDを取ったことは目的じゃなかった。社会を少しでも良く変えていきたいという目的があって、そのためには、ペーペーの人間が何かを言っても聞いてもらえないから肩書は必要だし、理論的な話をするためにも研究は必要なんですが、あくまでも、手段なんですよね。

対して、研究や肩書が目的になっている人もいるんです。そういう人は、少しでもアカデミアの外に出た学者を見下すところがあるので、厄介やなって思います。

谷口 私はもう、アカデミックの人たちの間で軽く見られてもいいやと思っています。私の講演会には、市民の方がほんとうにたくさん来てくださるんですよ。何十人、何百人、ときに何千人の前で話をして、ひどい女性差別に苦しんでいる人の力に、少しでもなれたり、「個人通報制度」っていうのがあるんですよって伝えたりできるのは価値のあることやと思っていますから。

ただ私、早苗さんのこの本は、アカデミズムでも評価されると思います。

藤田 何で?

谷口 内容的にも評価されるだろうし、それに、参考文献も付いているから。

藤田 つけておいてよかった(笑)。

谷口 この本には、早苗さんがジュネーブでロビー活動をされるとき、節約のために、自分でブロッコリーを茹でて持って行くというエピソードが出てきますよね。国連人権機関などの活動のために資金を集めるのって、めちゃくちゃ大変なんですよね。早苗さんはさらりと書かれていますが、私のような界隈の人間はどのくらい大変か、よくわかります。だからこそ、サポートする仕組みがもっと必要やと思いました。

藤田 ブロッコリーを茹でて持って行くのはいいんですよ。ただ、もう足を洗おうかな、と思うことはあります。活動資金はいつも本当にぎりぎりで、これでは続けるのは無理やな、と思うこともあるんですけど、でもそうしたら、誰がやってくれるんだろう? と。資金が必要だからといって、カンパしてくださいと私たちが頭を下げ続けるのも違うんじゃないかと、あるときから思うようにもなりました。協力して一緒に国際人権をやりませんか、と言いたいですね。

ただ小さな希望は感じていて、いま大学を回って講義していると、寝てる学生はほとんどいないし、1%くらいは、講義のあとに残って、「もっと詳しく知りたい」と、私の話を聞きに来てくれます。私が提供できるのは小さなきっかけかもしれませんが、点が線になり、線が面になって、いずれ立体にと、つながっていけたらいいなと思って少しずつやっているところです。この本も、そういう取り組みの一つですね。

谷口 特定秘密保護法案の危険性を国連に通報した早苗さんのような人が頑張ってくれているから、いまの人権がなんとかあるんですよね。日本国憲法にも、基本的人権は「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」であり、「過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利」とあります(97条)。日本国憲法のすごいなぁと思うところなのですが、日本だけでなく、世界中での人権獲得の歴史の上にいまの人権があるということが書かれているわけで、私たちはそれを次世代に受け継いでいかなければいけないし、より良くして受け継いでいかないとだめだと思っています。

そのためには、早苗さんのような活動する専門家が必要。だから、早苗さんの活動を支えるためにもこの本を買っていただきたいし、支援も呼びかけていきましょう。重版したら、支援先をオビに入れてもいいんちゃう?

藤田 そうしようかな(笑)。今日はありがとうございました。

日本人はなぜ「人権」という言葉が苦手なのか_6
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(取材・構成:砂田明子 撮影:内藤サトル)

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