【ウクライナ戦争と連動する台湾危機】「核心的利益」を支え合うと誓った習近平とプーチンの本当の企みとは…
ウクライナでの戦争の長期化が台湾に与える影響は計り知れない。ロシアと米国を知り尽くした手嶋龍一氏と佐藤優氏が対談した『ウクライナ戦争の嘘 米露中北の打算・野望・本音』(中央公論新社)より「ウクライナ戦争と連動する台湾危機」についてお届けする。
ウクライナ戦争をめぐる虚実#1
ウクライナの戦争が台湾に与える深刻な影響
手嶋 ウクライナの戦いは、日本にもエネルギーや食料の価格高騰という形で甚大な影響を及ぼしています。その一方で、戦争の火の粉が日本列島に直に降りかかってはこないだろうと日本人の多くが考えている。しかし、〝プーチンの戦争〟は地下水脈を介して東アジア、とりわけ台湾海峡に及んでいます。

2016年のG20サミットで握手するプーチン大統領と習近平国家主席
佐藤 この間の習近平の中国とプーチンのロシアの動向を見れば明らかですね。
手嶋 台湾海峡をめぐる危機は、ここ半世紀、これ以上はない複雑な要素が絡み合って進行してきました。ただでさえ、外側から窺い知れないファクターが入り込んでいる台湾問題に、〝プーチンの戦争〟という新たなリスク要因が加わりました。
佐藤 ウクライナの戦いが台湾海峡に連動しつつある。台湾有事のオブザーバーである手嶋さんはそう見立てているのですね。
手嶋 中ロの動向を探る上で極めて注目すべき出来事がありました。2022年9月15日、中央アジアのウズベキスタン、あの〝青の都〟と呼ばれた美しいオアシスの街、サマルカンドで、ウクライナ戦争が始まって以来、初めて中国の習近平主席とロシアのプーチン大統領が会談したのです。冷戦後、中国がアメリカの一強支配に対抗する狙いで創設した「上海協力機構」の首脳会議を機に中ロ首脳の協議が行われました。
日本のメディアは、〝プーチンの戦争〟にどんな姿勢を示すか注目されたが、習近平はロシア支持を打ち出さず、冷ややかな姿勢に終始したと報じました。なんと凡庸な報道なのでしょうか。あらゆる国際法規を踏みにじる筋悪の戦争に国際世論を気にする習近平が表立って賛成するはずなどありません。ウクライナでの戦況もロシアが思うようには進んでいないこともありましたから。
プーチンの研ぎ澄まされた政治感覚
佐藤 当時の状況で、プーチン大統領の振る舞いを公然と支持するというのは、かなり勇気の要ることだったはずです。(笑)
手嶋 そう、プーチンの筋の悪い戦争に明からさまな賛意を示すわけなどありません。中国は、建前としては、国連重視なのですから、国連憲章に反するような行為に賛成するわけにはいきません。しかし、実際の会談では、きわめて重要なやり取りがなされていました。

ロシアのプーチン大統領
中国外務省が明らかにしたところでは、習近平は「互いの核心的利益に関わる問題では強く支え合っていきたい」と述べていました。プーチンはここを勝負どころと踏んだのでしょう。「我々は『一つの中国』という原則を厳守する」と応じ、習近平の心臓を鷲づかみにしてみせたのでした。習近平も満面に笑みを湛(たた)えて手を差し伸べたといいます。
佐藤 「一つの中国」の原則を支持するではなく、厳守すると言ったのですから、プーチンの政治感覚がどれほど研ぎ澄まされているか、分かろうというものです。
手嶋 「一つの中国」の原則を厳守するとは、つまるところ、「台湾の独立を認めない」という盟約です。習近平は「いかなる国家も台湾問題で裁判官となる権利はない」と付け加え、アメリカが自国の核心的利益に介入することを断じて許さないという姿勢を示しました。これが、サマルカンドで中ロの首脳が取り交わした約束です。日本のメディアが報じた「終始冷ややか」という内実が全く違っていたことが分かりますね。
佐藤 中ロは「同床異夢」という報道もありましたね。中ロの首脳は、対米共闘をめぐる結束で距離が埋まらず、双方ともアメリカに対抗心を燃やしているが「同床異夢」だという分析をしています。両国は長い国境を接して対峙しているため、〝蜜月〟などほんのうわべに過ぎないと言うのでしょう。
口には出さない習近平の企み
手嶋 確かに、社会主義陣営の〝兄弟国〟といわれた1950年代ですら、中ソは旧満州の権益などを巡って水面下ではかなりの緊張を孕んでいましたから。社会主義という床で共に休んでいても、同じ夢など見たことはないと思います。

台湾をめぐる中国とアメリカのにらみ合い
佐藤 ただ、アメリカという強大な敵を前にすれば、「核心的利益」を守り抜くために、進んで手を握るのでしょう。
手嶋 中国にとっての「核心的利益」とは、いうまでもなく台湾です。台湾の独立を阻んで、統一を果たすことにほかなりません。翻って、ロシアにとっての「核心的利益」とは何か。佐藤さんが本書で何度も指摘してきたクリミア半島とドンバス地方、さらには今次の戦いで奪い取ったウクライナの4州でしょう。
佐藤 そう思います。従って、習近平は、口に出して「プーチンの戦争」を支持はしないけれど、ロシアのウクライナ占領地の既得権を認め、しかるべき対応を取る用意がある、ということでしょう。
手嶋 ウクライナの地で戦うロシアと台湾有事に備える中国にとって、超大国アメリカは前途に立ちはだかる最大の障壁です。プーチン政権はウクライナでの厳しい戦局を凌ぐため、一方の習近平政権は台湾海峡でさらなる攻勢に出るため、アメリカの力を少しでも殺いでおきたいという利害で一致しています。
佐藤 まさに〝敵の敵は味方〟なのです。
手嶋 習近平の言う、核心的利益を「互いに強く支え合う」というくだりは極めて重要です。ウクライナの戦いと台湾海峡危機が、地下水脈を介して相連動していることを意味しています。日本では連日のように台湾海峡の軍事情勢が報じられながら、青の都で行われた中ロ首脳の会談について精緻な分析が少しも行われていない。私たちの懸念はまさにそれなのです。
『ウクライナ戦争の嘘-米露中北の打算・野望・本音』(中央公論新社)
手嶋 龍一 佐藤 優

2023年6月8日
256ページ
978-4-12-150796-9
ウクライナに軍事侵攻したロシアは言語道断だが、「民主主義をめぐる正義の戦い」を掲げるウクライナと、米国をはじめとする西側諸国にも看過できない深謀遠慮がある。戦争で利益を得ているのは誰かと詰めれば、米露中北の「嘘」と野望と打算、その本音のすべてが見えてくる。世界は迫りくる核戦争の恐怖を回避できるのか。停戦への道はあるのか。ロシアと米国を知り尽くした両著者がウクライナ戦争をめぐる虚実に迫る。
・アメリカはウクライナ戦争の「管理人」
・ゼレンスキーは第三次世界大戦を待望している?
・英国秘密情報部が「情報」と「プロパガンダ」を一緒くたにする怖さ
・戦場で漁夫の利を貪る北朝鮮の不気味
・ロシアがウクライナ最大の軍産複合体を攻撃しないわけ
・米国とゼレンスキーは戦争を止められたはずだ
・戦争のルールが書き換えられてゆく恐怖
・恐るべきバイデンの老人力
・プーチンが核兵器に手をかけるとき
ウクライナ情勢





ウクライナ戦争でロシアが勝者になる可能性があるのか。「この争いは単なる軍事的な衝突ではなく、価値観の戦争でもあります」
『問題はロシアより、むしろアメリカだ 第三次世界大戦に突入した世界』#3

武装反乱後も影響力を保持? ロシアの「政商」プリゴジン氏はなぜ“粛清”されないのか?

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