何故正確に殺害日が割り出された?

しかしこの日、松永は緒方に向けて、「明日から東篠崎(マンション)に移動する」と話している。これまで、緒方一家が殺害されてきたのは、すべて片野マンションでのこと。

つまり、彼が東篠崎マンションに行くということは、自分が関わりのない状態で、「花奈ちゃんを殺害しろ」ということの暗示でもあった。

そして6月7日、松永の指示によって、花奈ちゃんの命が奪われることになるのだ。その日付が明確な理由について、判決文には“わざわざ”次のようにある。

〈花奈が平成10年6月7日に殺害されたことは、緒方はその日付けを確かに記憶している上、「知人の誕生日(7月6日)の逆」と自分に言い聞かせていたことからも確かである〉

本旨からは少し外れるが、この花奈ちゃん事件については、松永と緒方の逮捕後に、捜査本部が立件(4回目の逮捕)した、“最初”の殺人事件であるということに考えが及ぶと、小さな疑問が生まれる。

というのも、私自身がこれまでに記しているのだが、松永と緒方が花奈ちゃん殺人容疑で再逮捕された2002年9月18日時点では、緒方は黙秘を貫いていたはずなのだ。関係者の間では、彼女が自供に転じたのはその次の孝さん事件での逮捕(5回目の逮捕、同年10月12日)以降のこと。

つまり、花奈ちゃん事件で逮捕された時点では、「知人の誕生日」云々の話はしていなかったことになる。そこで、花奈ちゃん事件での逮捕当日に、捜査本部が出した逮捕の広報文を確認すると、〈逮捕事実〉は以下のようになっていた。

〈被疑者両名は、被害者を殺害することを共謀し、平成10年6月7日ごろ――〉
こちらでは「ごろ」との表現は付くが、それでも正確な日にちを割り出している。この時点で松永と緒方の犯行について証言していたのは清美さんだけのはずだが、後の公判で彼女が日にちに触れた供述はない。

いったいどのようにして、捜査本部が緒方の自供なくして日にちの特定に至ったのだろうか。もしくは緒方がじつはその時期には自供していたが情報は秘されていた可能性も含めて、些末な疑問ながら、気になったこととして、ここに記しておく。

親の目の前で、3歳の女の子に電気で拷問。松永死刑囚の拷問の手口 はこちらから

取材・文/小野一光

『完全ドキュメント  北九州監禁連続殺人事件』(文藝春秋)
小野一光著
10歳の女の子が生きる希望を無くすまで拷問、そして殺害。北九州監禁連続殺人事件、松永太の極悪非道な手口_2
2月8日発売
2,420円
576ページ
ISBN:978-4-16-391659-0
福岡県北九州市で7人が惨殺された凶悪事件が発覚したのは、2002年3月のことだった。逮捕されたのは、松永太と内縁の妻・緒方純子。2人が逮捕された2日後に現場入りを果たして以来、20年間にわたってこの〝最凶事件〟を追い続けてきた事件ノンフィクションの第一人者が徹底的に描く、「地獄の連鎖」全真相。
全576ページにおよぶ決定版。
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