「守れなくてごめんごめんという気持ち」

――19日の事件当日の経緯について教えてください。

「調布署から携帯電話に『千葉県警に検挙された人間のスマホにお宅の住所があったので伺いました』という連絡がありました。午後5時ぐらいに自宅に着くと警察官が待機していたので一緒に家に入りました。
すると玄関からぐちゃぐちゃで、地下に降りるとおふくろが倒れているのが目に入った。警官に『もうこれ以上は』と制されたので、2メートルぐらいの距離から遠目だったけど、瞬時に『殺されてしまった』とわかりました。報道されているとおり、体の前で両手首を結束バンドで縛られ、右半身を下にして倒れていました。

入口から地下まで部屋中ボロボロに荒らされていた。おふくろは現金や宝飾品が家のどこにあるのか知らないから、『どこにあるんだ』とぶっ飛ばされて、やられてしまったんだと思う。家の中に掛けてあった絵画は全部剥がされて散乱して、タンスの引き出しもあちこち引っかき回されていた。時計を2本盗られていた。ダイヤモンドは妻が盗られたと勘違いしていたみたいだが、奥にしまったままであった。現金はこの家にはない。おふくろは生活保護を受けていたぐらいだし……」

――警察署で対面したときの衣与さんのご様子は?

「警察署で対面したおふくろは、苦しそうな顔で寝ているような感じで『生き返ってくれよ。悪かったな、ごめんな』と心の中で伝えました。もしこんな家の造りじゃなかったら、死なずに済んだかもしれない。だから、守れなくてごめんという気持ちです」

〈狛江90歳強盗殺人〉「遠目だったけど、瞬時に『殺されてしまった」とわかりました』「生き返ってくれよ、悪かったな…」被害者の長男が明かした非道な犯罪現場。指示役『ルフィ』の正体も…_2
狛江で起きた強盗殺人の事件現場

――衣与さんについて教えてください。

「おふくろは静岡県沼津市の理髪店で8人きょうだいの長女として生まれ、同郷の父と一緒になり東京に出てきた。父は寿司職人として修行をし、金を貯めて独立、営業を軌道に乗せると4店舗を経営するまでになった。それを苦労して支えたのが母。
父が62歳で亡くなったころは沼津にいておふくろが面倒を見ていたので、『東京に来いよ、一緒に暮らそう』と声をかけたんだけど『あと2年ぐらいはこっちで頑張るよ』と断られた。

そのうち『寂しくなったから、そっち行くよ』と都内で賃貸を借りて住むようになり、4年半ぐらい前から現在の家で同居するようになった。おふくろもこの場所を気に入っていたし、幸せそうだった。孫である(私の)息子や娘が帰ってくると、とても喜んでいました。
年をとって足は引きずるようになっていたけど、元気で、バスに乗ってスーパーに買い物に行き、自分の食事も自分で作っていた。元気だけど90歳のおばあちゃんなら一発蹴られただけでも死んでしまう。痛かっただろうし、辛かっただろう……」