乗った瞬間から徐々に愛着が湧いてきたスズキ・エブリイ。
よし、君に名前をつけよう

ちゃんと走るかどうかが最優先事項だ。これにしよう。
決して大満足ではなかったが、僕はそのクルマを購入した。

軽自動車に車庫証明はいらないが、このクルマを東京で保管するとなると、それだけで月数万円の駐車場代がかかってくる。
そんなお金はカスタムと旅の費用に回した方がいいので、僕はエブリイを山梨県・山中湖村の“山の家”に持っていくことにした。
僕はデュアラー(デュアルライフ=二拠点生活者)であり、メインで暮らす東京・世田谷の家とは別に、山梨県・山中湖村にも家がある。
山の家には十分な広さの庭があるので、保管場所として、またカスタムする際の作業場としても最適なのだ。

クルマを受け取ったその足で、僕は高速に乗り、山中湖村を目指した。
引き渡しの際に車屋のオヤジが言っていたように、エブリイの3速ATエンジンは高速走行には不向きで、加速するとなかなかすごい唸りをあげた。
それにいつも乗り慣れているXVと比べるとサスペンションはカチカチで、道路の凸凹を拾った振動がモロに体へと伝わってきた。

だが、東京から離れるにつれ、そんなエブリイの特性にも慣れて運転が楽しくなってきた。
変な言い方だが、“生の車”をみずからの手で操縦しているような実感があるのだ。
それにしても、改めて見るとやっぱり車内はなかなか立派に汚れている。
カスタムついでに自分できれいにするからいいやと、納車の早さを優先し、現状での引き渡しを申し出たので、前の使用者による汚れがまんま残っているのだ。

油汚れのようなものではなく、とにかく土っぽい。
荷台にも座席周りにも、土や砂が落ちている。
ハンドルの細部には乾いた土が固まってこびりついているのが見える。磨きがいがありそうだ。
いったい前の持ち主はどんな人で、このクルマをどういうふうに使っていたのかが気になった。

そういえば、このクルマにはカーナビが付いているのだが、乗り出すときにちょっといじってみたら、前使用者が「自宅」として登録している地点があることがわかった。
今どき、個人情報はどんなふうに悪用されるかわからないから、クルマを下取りに出すときには、しっかり消去しておかなければいけませんね。
まったく不用心だな、君の前のご主人は……と僕は新しい相棒に話しかけながら、休憩のために立ち寄ったサービスエリアで、カーナビに「自宅」地点を表示させてみた。

出てきたのは、東京・多摩地区にある大きな畑に併設された野菜販売所だった。
そうかそうか、なるほど。
採れたての野菜を積んで、お得意先に配送するクルマだったのだね、君は。
妙に土っぽい、その汚れの理由がわかったよ。

ぼんやりながら前の持ち主像と、このクルマが働いてきた環境が想像できると、愛着が一気に深まった。
そうだ、名前をつけてあげようか。
これまで土まみれになって一生懸命働いてきた商用車だ。
“Working Class Hero号”なんてどうかね? 略して“ヒーロー君”だ。

おい、ヒーロー君。これから手間暇かけてかっこよくしてやるから、いつか一緒に旅に出ようぜ、と話しかけてアクセルを踏み込むと、僕のWorking Class Hero号はエンジンの音をひときわ高く唸らせて返事をした。

車中泊は、いまのニッポンの最先端サブカルなのだ!_3
山の家の庭に停めたスバル・XV(左)とスズキ・エブリイ(右)

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