異様に遅い進行と「フラッシュバック」

日本のドラマよりも遥かにクオリティが高いと言われる韓流ドラマと比較しても、この『silent』は異質だ。まず展開が異様に遅い。むしろこの展開の遅さが目新しく感じるほどに、なかなか進展しない。

韓流ドラマの特徴といえば、日常ではありあえない非現実的なストーリーに加え、ジェットコースターのようなスリリングな展開の速さ。視聴者を飽きさせないように脚本や演出が非常に凝っているのも魅力のひとつだ。
さらに、出演するキャラクターの感情がストレートでもある。

意図してやっているわけではないだろうが、それらと比較すると『silent』は真逆のベクトルをいっている。ただ、ゆったり流れる展開の中に、普通に生活してる演者たちの心の機微をしっかりと描き、それがまたリアルで、荒唐無稽なシーンがまったくないのだ。そして伏線をいたるところにちりばめ、きちんと回収しているところにも唸らされる。

これはかつて米ABCの人気テレビシリーズ『LOST』が用いた、登場人物たちの現在時間にそれぞれの過去を織り込んでいく「フラッシュバック」という手法だ。

登場人物の行動に影響を与えている過去が明らかになることで、彼らの行動の意味が次第に分かっていくのだ。ストーリーの進展具合を気にさせないほどに、効果的に伏線を散りばめたりしてほっこりした展開をゆったりと見せてくれる。

言うなれば、自然に涙腺をゆるませるほど細部にわたる心情描写を丁寧に演出するからこそ、スローテンポな展開となってしまうのだろう。

このドラマに通底するテーマは“わかり合うことへの難しさ”だ。音のある世界から音のない世界へと環境が変わった想は、健康体の紬と再会し、一緒にいることで、どんどん苦しくなっていく。音のある世界にいる紬とは“わかり合えない”という感情が生まれるからだ。

性別や年齢、環境、障がいがあるなしに関わらず、現代を生きる我々にとって「お互いを理解する作業」は誰しもが抱える普遍的な問題だ。
“わかり合う”ことのツールとして、声、手話、点字などの“言葉”がある。伝える手段こそ違えど、皆共通の言葉であり、『silent』を通して「言葉の本質」をあらためて教えられた気がしてならない。

時代の変革期である今、時間の流れは早い。
そんななか、『silent』のじれったいほどのゆっくりとした展開は、急ぎゆく時代を懸命に生きる我々にとって逆に新鮮であり、すべての登場人物が相手を思いやり、考え、歩み寄ってわかりあおうとしている姿が、たまらなく心地良いのかもしれない。


文/松永多佳倫