漫画喫茶の個室で出産、そして…

親やきょうだいから一方的な暴力を受けると、子供は「なんで自分が叩かれるのか」と考える。だが、虐待においてそれに対する納得のいく回答はない。そして意味もなく殴られつづける。

彼らはそんな不条理な現実を受け入れるため、「何も考えない」ことによってその場を乗り切ろうとする。つまり、思考停止することが虐待という不条理から生き抜く術になるのだ。
しかし、幼少期は生き抜く方法だった思考停止は、成人になれば単に「都合の悪いことから目をそらす習性」に意味が変わってしまう。その最たるものの一つが、自分が妊娠した現実から目をそらすということなのだ。

こういう女性がどのような形でお産を迎え、子供を殺害するのか。詳しくは拙著『「鬼畜」の家~わが子を殺す親たち』(新潮文庫)を読んでいただきたい。

何にせよ、綾乃もまた自分の妊娠から目を背け、ホストとの関係をつづけた。彼女にしてみれば、ホストを失うことの方が怖かったのだろう。そしてついに、〝その日〟が訪れる。1月下旬のある日、漫画喫茶の個室にいた彼女を陣痛が襲う。出産が近づいているのは確実だが、それでも彼女は病院へ行こうとしなかった。その時の心境を次のように語っている。

「痛みでわけがわからなくなってました。一度だけ『痛い!』と叫んだと思いますが、隣の部屋とは板一枚しかありませんから、聞こえてしまうかもしれないと思って、それ以降は声を出さないようにがんばっていました。

どうしたかったんだろ……。わかんないけど、最初は陣痛がはじまったら、病院へ行くのかなって漠然と思っていました……。でも、怖くて全部を現実として受け入れられなかったので、考えないようにしていました」

陣痛がきてもなお思考停止をつづけていたのである。そしてついに、赤ん坊が産まれた。綾乃は、赤ん坊の泣き声が周りに気づかれることを恐れ、とっさにタオルで口をふさいで殺害したのである。