京都の居酒屋に染み付く青春の哀感
『ヒポクラテスたち』(1980)上映時間:2時間6分/日本
監督:大森一樹
出演:古尾谷雅人、伊藤蘭、柄本明、内藤剛志
ご自身も医大生だった大森一樹さんが脚本と監督を務めた青春映画。京都の医大生たちが赤提灯で飲むシーンが登場します。医師になるための夢の真っ只中にいるんだけど、いつも抜き差しならない不安を感じている様子が、まさに青春。人の命を預かる医師という職業は責任が重いからこそ、自分がふさわしいのか悩み苦しむ。劇中の酒場には人生の哀感が染み付いていて、小学生の頃に初めてテレビで見たときは「なんちゅー悲しい映画なんだ」と思いましたね。その後、大人になってから見返したら酒を飲まずにいられなくなりました。ちなみに映画に登場するような京都の古い居酒屋が大好きでね。僕にとって京都という街は存在が大きすぎて、酒を飲まずにはいられない場所。日帰りでも、シラフで帰ったことはありません。
酒を知って初めてわかる寅さんの魅力
『男はつらいよ ぼくの伯父さん』(1989)上映時間:1時間48分/日本
監督:山田洋次
出演:渥美清、吉岡秀隆、後藤久美子、倍賞千恵子
『男はつらいよ』の第一作を初めて見たのは中学1年生のとき。ただ、最初の頃の寅さんって手がつけられないワルでしょ。それ見てがっかりしちゃって、中学生の僕には受け入れられなかったんです。でもその後、ふらりと映画館で『男はつらいよ 寅次郎物語』を見てみたら「サイコーじゃねーか」って思っちゃって。もう一度1作目から見直したら、惚れこみましたね。自分自身もお酒を飲むようになって、失敗したからこそ寅さんを好きになったのかもしれません。誰にだって、寅さんみたいな一面はありますから。シリーズの中でも特に好きなのは、吉岡秀隆さん演じる甥の満男に酒の飲み方や人生について教える『男はつらいよ ぼくの伯父さん』。寅さんがメンターとなって満男を導いていくんですが、そこには酒場という教室があって、酒という教科書がある。いいことも言うし、ちゃんと失敗も見せるのが寅さんらしいんです。あのシーンの寅さんは、みんなの人生に必要だと思います。似た場面に出会えれば人生はすごく豊かになると思うし、出会えなかった人は、誰かに作ってあげられる大人になれたらいいですよね。
加藤ジャンプ●かとうじゃんぷ
1971年5月21日生まれ、文筆家、コの字酒場探検家、ポテトサラダ探求家、南蛮漬け研究家。東京、横浜、東南アジアで育つ。一橋大学法学部卒業。同大学大学院修士課程終了後、1997年に新潮社入社。雑誌や書籍などの編集者となる。その後、独立し、酒や酒場、食や暮らしなど幅広いテーマで執筆中。著書に『コの字酒場はワンダーランド』(六耀社)、『コの字酒場案内』(六耀社)、『今夜はコの字で』(集英社)、『小辞譚』(共著・猿江商會)がある。
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取材・文/松山梢 撮影/小田原リエ