科学の力なしでは、あの結果はあり得なかった

––柔道界がデータを有効活用していることに、以前より注目しておりました。2021年開催の東京オリンピックでは、どのような活用されたのでしょうか。

独自に開発した映像分析システムを活用しました。このシステムには、4万以上の試合データが蓄積されています。

––「GOJIRA(ゴジラ)」のことですね。これは、コーチ陣からの要望で開発されたのですか。

全日本柔道連盟科学研究部(以下、科学研究部)という組織がありまして、そこに所属する石井孝法さんが中心となって開発されました。他にも、鈴木利一さん、伊藤泰さんらも運営に尽力され、現場にフィードバックをしてくれました。私自身は、特に何もしていません。現場のニーズをまとめて伝える、ということをしただけです。

––科学研究部から提案を受け、現場のニーズと擦り合わせながら、コーチにとって使いやすいシステムが作られたのですね。

はい。科学研究部の力なくしては、東京オリンピックの結果はあり得なかったと強く思っています。

––他の競技でも、新しいテクノロジーが次々と導入されています。しかし、現場で活用が進まない、あるいは逆に選手が頼り過ぎてしまう、などといった問題が起きています。

データ活用に関しては、科学研究部の皆さんにある程度おまかせしていたとはいえ、気をつけていたことはあります。それは「柱と細部」の準備です。「柱」は、基礎力あるいは地力と呼ばれるもの。柔道の現場において、絶対に負けない力をつける。柔道の稽古だけでなく、すべてのトレーニングを含みます。これにより、柱を太くしていきます。

––一方の「細部」は、「データ分析」を指すのでしょうか。

データ分析は「細部」の一つです。柱は大事ですが、それだけで勝てるわけではない。強いだけの選手が勝ち残っていくかというと、そうではないんです。時代が変わり、レギュレーション(ルール)変わる中で(*1)、しっかりと対応するには細部の力が必要です。その一つとして、オリンピックではデータを上手く活用できたのではないかと思います。

柔道・井上康生が語る、五輪柔道男子チームの大躍進を支えたデータ活用術_1
1978年5月15生まれ、宮城県出身。東海大学体育学部教授。特定非営利活動法人JUDOs理事長。2011年から全日本男子柔道強化チームコーチ、2012年11月から2021年東京オリンピックまで全日本男子強化チーム監督を務める。2021年9月には全日本柔道連盟・男女統括強化副委員長、ブランディング戦略推進特別委員会委員長に就任した
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