ボランティア精神で命と暮らしを守る

池井戸 作品の冒頭、主人公が公民館に呼ばれて消防団員たちに取り囲まれる場面があります。まったくの想像で書いたんですが、地元の友人たちは「まさにこの通りだ」と。できるだけ大勢で押しかけて、イヤとは言えない雰囲気を作ってしまうのがコツだそうです(笑)。

内藤 フフフ。しかしいったん入ってしまえば、ハヤブサ分団のように仲間との親密な関係が築けるわけですよね。地域を知っていく場にもなりうる。

池井戸 消防団のゴルフコンペがあったりして、普段から付き合いは頻繁なようですね。地元の友人たちは、訓練がけっこうしっかりあって大変だと言っていました。とくに操法大会に向けての訓練などは、もろに体育会系だと。

内藤 実際、そうだと思います。今年の全国大会は10月29日に千葉県で開催されますが、市町村大会を勝ち抜いて都道府県大会になると、いわゆる強豪同士がぶつかるので、大変な気合いなんですよ。

池井戸 まるで消防の“甲子園”ですね。

内藤 昨年、長崎県で行われた地域防災力充実強化大会(消防団を中心とした地域の防災力を向上させるための知識を共有する全国大会)に出席したのですが、ある地域の消防団長の方が強豪と名高い某地域の消防団に「今年は勝った!」とたいへん喜んでおられました。 

池井戸 僕の地元は「まあ、ええやないか」という適当な感じで、実にのんびりした雰囲気でしたけど(笑)。

内藤 技を競うためだけでなく、実際の消火活動は非常に危険を伴う行為ですので、自らの身を守るためにもしっかりと訓練して動作や手技を身につけていただくことは大事なこと。ですから、どうしても熱は入りますよね。都市部で火災が発生した際は、常備消防の消防署からすぐに出動がかかりますが、地方、とくに集落が点在している地域では、消防署から消防士が到着するまでに時間がかかる。となると、まず初動は消防団の分団の方々が駆けつけなくてはなりません。ほかにも、風水害が発生しそうな際に警戒をしたり、住民の方々に避難を呼びかけたりする活動もあります。

池井戸 お祭りや行事での仕事もたくさんあるんですよね。あと、地元でよく行方不明になったお年寄りの情報を知らせる防災行政無線を耳にしましたが、捜索しているのも消防団の方々だと。ハヤブサ分団は、町長が名物にしようと目論む「ツチノコ」探しにまで駆り出されますけど、なんとなくありそうな話かなと(笑)。

内藤 ハハハ。市町村からも頼りにされている存在ですからね。そして、ボランティア精神で地域を守る消防団は、人と人とのつながりが希薄になった社会で、まさに地域のコミュニティーの核となる貴重な組織。ですから、なんとか消防団員の減少を食い止めたいと、私たちも一所懸命に取り組んでいるところです。
現在、全国でおよそ80万人が消防団員として活動されていますが、消防職員が17万人ですから、100万人ほどの方々が消防に携わっていることになります。ちなみに、データを取りはじめた昭和29(1954)年には、消防団員は200万人もいたといいます。

池井戸 へぇーっ。

内藤 しかし、地方では担い手となる人口そのものが減っているし、都市部では地方と違って町を自分たちで守るという感覚がそもそも希薄。消防団にアプローチするという気持ちが湧かないわけです。

池井戸 私も東京に住んでいますが、確かに日常、消防団の活動に触れる機会はあまりないですね。周囲の編集者たちに聞いてみても、消防団について知っている人はほぼいませんでした。

内藤 そうだろうと思います。ただし、常備消防が整った都市部でも、ひとたび火災が発生すれば、消火活動はしないまでも住人に避難を促したり、通行人の方々に危険が及ばないように規制をしたりするなどの活動は、地域の消防団が担います。さらに、発生リスクが高まっているといわれている首都直下型地震ともなれば、いたるところで火災が発生し、倒壊した建物の瓦礫に人が埋まるということが起こるわけですから、そうなると常備消防だけではとても対応できません。都市部においても、消防団は欠かすことのできない組織なのです。

池井戸 うーむ。

内藤 私は2021年の7月に消防庁長官に就任しましたが、その直後の7月3日に静岡県の熱海市で土石流災害が発生しました。地元の熱海市消防を静岡県内各地の消防が応援し、さらに消防庁で緊急消防援助隊を結成して東京都大隊、神奈川県大隊など10都県から陸上部隊が出動しました。消防団員の方々にも住民の避難誘導などを担っていただきました。災害の規模が大きく、活動は長期に及びましたが、住民の生命と安全を守るという気持ちの強い方々が本当に頑張ってくださったと思っています。