リメイク版で付加された新たな要素

その前にまず、映画には大きく分けて2種類の音があるということをご存じだろうか? それは、ダイジェティック・サウンド(Diegetic sound)と、ノン・ダイジェティック・サウンド(Non-diegetic sound)の2種類だ。

ダイジェティック・サウンドとは、その音の発生源がスクリーン上で目に見える、あるいは映画の中でその発生源の存在が示唆されるタイプの音のことで、「映画内世界の人たちに聞こえている音」のことだ。

一方のノン・ダイジェティック・サウンドは、音の発生源がスクリーン内にはなく、「映画内世界の人には聞こえていないはずの音」のこと。ナレーションや登場人物の心の中の内なる声、BGMなどがこれにあたる。

ヒッチコックの名作『サイコ』(1960)のシャワー室での殺人シーンで説明すると、シャワーの音などはダイジェティック・サウンド、バーナード・ハーマン作曲による高音域の弦楽器で奏でられる悲鳴のような音楽は、ノン・ダイジェティック・サウンドということになる。見ている観客には抜群の効果音として体感されるが、映画の中で被害にあっているヒロイン(ジャネット・リー)には聞こえていないはずの音だ。

「映画内世界」と「映画外世界」がこんがらがる面白さ

さて、話を『キャメラを止めるな!』に戻そう。映画の冒頭のB級ゾンビ映画を見た観客は、後半の30分で製作の裏側を知ることになるのだが、その前の中間部分において、まんまと「映画内世界」と「映画外世界」とを混同させられる仕掛けが組み込まれている。そのカギを握っているのが、リメイク版で新たに加わったキャラクター、音響デザイン担当のファティなのだ。

低予算映画がフランスでリメイク!『カメラを止めるな!』→『キャメラを止めるな!』_3
中央にいるのが、キーパーソンとなる音響デザイン担当のファティ(ジャン=パスカル・ザディ)
© 2021 - GETAWAY FILMS - LA CLASSE AMERICAINE - SK GLOBAL ENTERTAINMENT - FRANCE 2 CINÉMA - GAGA CORPORATION 

次々に起こる難題の解決に頭を悩ます監督のレミー(ロマン・デュリス)が机に向かって考え事をしているシーンで、後ろにいるファティは何やら自分の仕事をしている。『キャメラを止めるな!』を見ている我々には、そのシーンに合ったBGMが聞こえ、映画に没入しやすいサウンド環境に置かれている。

ところが突如、レミーは「おい、その音を止めてくれる?」とファティに告げ、そのBGMが実は映画内世界のファティによって流されていた音なのだと知る。そんなシーンが2か所、この中間部分に付加されているのだ。つまり、アザナヴィシウス監督はわざと観客に対し、ノン・ダイジェティック・サウンドとダイジェティック・サウンドを混同させようと試みているのだ!

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レミーの妻、ナディア/ナツミ役を演じたのは『アーティスト』にも出演したベレニス・べジョ(左)。右はアヴァ/チナツ役のマチルダ・ルッツ
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映画における“第四の壁”は音だった

「映画内世界」と「映画外世界」とを地続きのものとして描く試みは、ウディ・アレンなどの映画人によってこれまでも試みられてきた。たとえば『アニー・ホール』(1977)では、映画内登場人物である主人公(アレン)が突然、観客(つまりキャメラ)に向かって話しかけるシーンが話題となった。『カイロの紫のバラ』(1985)は、スクリーンの中から主人公が「映画外世界」に出てきてしまうことによって引き起こされる騒動を描いたコメディだった。

演劇の領域では、舞台上の世界と観客席とを隔てる境界線のことを“第四の壁”と呼び、あえてその壁を破り、俳優が観客に話しかけるなどして笑いを喚起することがある。

映画というメディアにあっては、この「内」と「外」とを分けている一番の要素が、実は“音”なのだ、ということを『キャメラを止めるな!』は示してくれたのだ!


文/谷川建司 構成/松山梢

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『キャメラを止めるな!』(2022)COUPEZ! 上映時間:1時間52分/フランス

『カメラを止めるな!』(2017)のフランス版リメイク。日本で大ヒットしたゾンビ映画『ONE CUT OF THE DEAD』がフランスでリメイクされることになり、TVで生放送する30分間ワンカット撮影を依頼された監督のレミー(ロマン・デュリス)。ところが撮影は、熱中すると現実とフィクションの区別がつかなくなってしまう妻ナディア(ベレニス・べジョ)の暴走や、日本人プロデューサー(竹原芳子)の無茶振りなどが加わり、大混乱に陥っていく……。

配給:ギャガ
7月15日(金)より全国公開
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公式サイト
https://gaga.ne.jp/cametome/