相手に合わせて話す内容をカスタマイズ

日本の政治家が選挙演説を行うとき、地域によってご当地ネタを盛り込むケースは少なくない。ゼレンスキーの場合、アメリカやイギリス、ヨーロッパ諸国、日本など、十数カ国の議会にオンラインで登場した際、国ごとに話す内容を大幅に変えていた。たとえば2022年3月1日のEU議会における演説では、以下のように発言している。

「砲撃が続いているので、数分しかお話しできない」

ヨーロッパ諸国は、第一次・第二次世界大戦を経験し、冷戦後もロシアの脅威にさらされてきた。そんなEUに対して、戦争の真っただ中にある国の重苦しい空気を伝えるとき、このフレーズほど効果的な言葉はない。

ゼレンスキーは常に、他国のリーダーや国民の心に、より響く表現を吟味しているのだろう。事実、イギリス議会での演説では、徹底してイギリス人を想定したメッセージを発信している。

「生きるべきか、死ぬべきか、答えは明らかに『生きるべき』だ」
「私たちは諦めない。もちろん、皆さんの助けを借りて」

1つ目の言葉は、イングランドの劇作家、ウィリアム・シェイクスピアによる悲劇『ハムレット』の名言「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」を引用したもの。その答えとして「生きるべき」だと続けた。

そのうえで、第二次世界大戦中のイギリス首相、ウィンストン・チャーチルの名言「私たちは海岸で戦う、水際で戦う、平原と市街で戦う、丘で戦う。私たちは決して降伏しない」も引用。さらに「皆さんの助けを借りて」と付け加え、支援を求めた。

イギリス国民にとって馴染み深い偉人の名言を巧みにアレンジする技術。これはゼレンスキーがコメディアンや俳優のキャリアを通して「どうすればお客さんに受けるか」を考え抜いた結果、培われたものなのかもしれない。