『リフレクション』に見る、平穏な日常と戦場との危うい境界線
6月25日に緊急公開されたウクライナ映画2作品のうち『リフレクション』は、この“戦争”が始まった2014年の物語。私が想起したのは、マイケル・チミノ監督の名作『ディア・ハンター』(1978)。同作品がヴェトナム戦争の狂気を描く上でとったアプローチが、『リフレクション』ではウクライナに置き換えられ再現されている。
『ディア・ハンター』では、前半に田舎町に暮らす仲間たちの結婚式や、鹿狩りに興じる平和なひとときを丹念に描いている。その後、物語は戦場の真っ只中に飛び、ヴェトコンの捕虜となって彼らが拷問を受ける描写に。さらに、米国への帰還後も戦争後遺症に苦しむスティーブン(ジョン・サヴェージ)や、精神を病んでヴェトナムに留まるニック(クリストファー・ウォーケン)を描くことによって、戦争がいかに人間の精神を破壊していくのかを映し出していた。
同様に『リフレクション』もまた、医師である主人公セルヒーの娘との平穏な日常が描かれた後に、従軍医として前線に赴き、ロシアの捕虜となり、そこで体験する壮絶なシーンへ。捕虜交換で元の暮らしに戻ることができたものの、深い心の傷にさいなまれる、という枠組みで描かれている。
高層アパートのセルヒーの部屋に娘が遊びに来ていたとき、一羽のハトが窓ガラスに激突して死ぬ。自死したかのように見えたハトは「窓に反射(リフレクション)していた空に向かっていたんだ」と語るセルヒー。彼自身も含め、傷ついたウクライナの人々の魂の救済は可能なのだろうか……。
『アトランティス』が予言する、戦争終結後の長い道のり
一方の『アトランティス』は、ロシアとウクライナの戦争が2024年に終わり、1年が経った2025年のマリウポリを舞台とした近未来の物語。
主人公セルヒー(※『リフレクション』の主人公と同じ名前だが、同一人物ではない)と親友イヴァンは、戦争終結から1年がたった後も心の闇を抱えている元兵士。ある日、イヴァンが職場で衝動的に自殺したことで工場は閉鎖されてしまう。セルヒーは新たな暮らしをしようともがき、適応するのに苦労するストーリーだ。
戦後のウクライナでは、インフラの整備や安全な飲料水の確保といった傷ついた都市機能の復旧が大きな課題になるだろう。と同時に、戦争後遺症に苦しみ続けている人々の心の傷のケアも、また容易ではない。セルヒーは「“普通”にはもう戻れない」と悟った上で、「今の自分を受け入れて生きるべきだ」と語る。
映画の冒頭、まだ息のあるウクライナ兵がロシア兵によって生き埋めにされる様子がサーモグラフィ・カメラによって描かれる。このサーモグラフィ・カメラが視覚化できる“人の温もり”こそが、未来への希望の鍵なのかもしれない。
今回紹介した諸作品を見ることで、ウクライナの歴史的な背景を深く知ることができるはずだ。
※ドキュメンタリー出身のヴァレンチン・ヴァシャノヴィチ監督は、ロシアによるウクライナ侵攻が始まって以降、キーウにて戦禍のウクライナを撮影しているという。また、『アトランティス』で主演を務めたアンドリー・ルィマルークは実際に元兵士で、ヴァシャノヴィチ監督の抜擢により『アトランティス』で初めて映画に出演し、いきなり主演でデビューを飾ったという経歴を持つが、ロシアによるウクライナ侵攻が始まったため、再び兵士として前線で戦っている。そして『アトランティス』『リフレクション』のプロデューサーであるウォロディミル・ヤツェンコもまた、現在ウクライナ軍の兵士として戦っている。
限定公開されている、日本の観客に向けたヴァシャノヴィチ監督からのメッセージはこちら
https://www.youtube.com/watch?v=QNi4YlI8NS4
『リフレクション』(2021)Reflection/上映時間:2時間6分/ウクライナ
ロシアがウクライナに侵攻し、侵略戦争が始まった2014年。ウクライナの首都キーウで暮らす外科医セルヒー(ロマン・ルーツキー)は、兵士たちの命を救いたい一心で従軍医師となる。戦場での移動中に道に迷い、人民共和国軍の捕虜となった彼は、拷問など悪夢のような非人道的行為を受ける。やがて捕虜交換によって首都キーウに帰還したセルヒーは、失われた日常を取り戻そうと苦闘する。
©Arsenal Films, ForeFilms
配給:アルバトロス・フィルム
公式サイト:https://atlantis-reflection.com
6月25日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
『アトランティス』(2019)Atlantis/上映時間:1時間49分/ウクライナ
2025年のウクライナ東部。ロシアとの約10年におよぶ戦争によってあらゆる街が廃墟と化し、人が住むには適さないほど大地が汚されたこの国は、何もかも荒みきっていた。製鉄所で働くセルヒー(アンドリー・ルィマルーク)は、戦争終結から1年がたった今もPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しむ元兵士。戦争で家族を亡くし、唯一の友人も失った彼は、兵士の遺体発掘・回収作業に従事するボランティア団体の女性カティア(リュドミラ・ビレカ)との出会いをきっかけに、生きる意味と向き合っていく。
©Best Friend Forever
配給:アルバトロス・フィルム
公式サイト:https://atlantis-reflection.com
6月25日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
文/谷川建司 構成/松山梢