笑うことも、しゃべることもできなくなった
朝長がHKT48を卒業したのは、2020年1月。膝の怪我をきっかけに卒業を考え始めたのかという話になると、朝長はその経緯を説明した。
「中学や高校を卒業するタイミングって、自分の将来について考えるじゃないですか。私も高校卒業のころには別の進路を考えていて、グループを卒業する時期も決めていました。もともと、怪我をしていなくても22、23歳ぐらいで卒業するつもりだったんです。
48グループは、いずれ卒業することを見据えて活動しなきゃいけないと思うので、自分の人生をどう生きていくか、そのことについてずっと考えながら活動する必要があると思います。
その中で今もグループで活動している同期もいて、本当にすごいなって尊敬しています」
卒業後、東京の事務所に所属することをきっかけに福岡から上京。その時期はコロナ禍と重なり、仕事も打ち合わせも全てがリモート。周りに頼る友達もいなかった。
「ずっと家にいて、誰とも会えず、1人きりで。それまでは家族やメンバーに囲まれていたのに、急に1人になっちゃって……。気持ちが落ち込んで、笑うことも、しゃべることもできなくなった時期がありました。その時が一番つらかったです。
親と電話で話していたときに、私の様子がおかしいと気づいたのか、母が迎えに来て、福岡に連れ戻されました。その後は事務所の人と相談して、対面の仕事があるときだけ東京に来ることにしたんです。東京の家は、ホテル代わりにという感じで。
基本は福岡で暮らして、仕事があれば東京に行く。そんな生活をしながら、東京に滞在する期間を少しずつ延ばして慣らしていきました。コロナがだんだん収まって、外に出て人にも会えるようになってからは元気を取り戻すことができて。感じ取ってくれた母にも、理解してくれた事務所にも本当に感謝です」














