『VIVANT』は最高の“テレビドラマ”
まじめに見るだけ損だと思いながら、見るのをやめられない。納得させられたわけではないのに、次回も見ようと思わされている。この強さこそ『VIVANT』なのだ。
『VIVANT』を10年後に配信でまとめて見たとして、今と同じ熱量で楽しめる人は、そう多くない気がする。話の粗や子どもだましに見える演出が気になり、「なぜこんな作品が当時は騒がれていたのだろう」と思われそうだ。
だが、今は放送を待ち、考察を読み、「そんなわけあるか」と文句を言い、外れた予想まで人と話せる。出来のすべてに納得していなくても、次が気になる。見たあとに誰かに言いたくなることが、褒め言葉でなくても山ほど残る。
脚本への不満も、展開への怒りも称賛も驚きも呆れも、次回の『VIVANT』を見る理由につながってしまう。話に納得させる力には疑問があっても、テレビの前に呼び戻す力は抜群なのだ。
「実は生きていました」の連発で台無しだという不満は当然だ。それでも来週には、また見てしまう。
『VIVANT』は最高の“ドラマ”ではなかったかもしれない。だが、最高の“テレビドラマ”ではあるはずだ。物語だけを後から追っても味わえない、放送中の今だけの熱がある。文句を言いながら、それでも次の放送日を待っている。この感じこそ、まさに“テレビ”が持つ最大の魅力だ。
文/ライター神山
















