憧れの人の「代打」

――学生時代から『にち10』のヘビーリスナーとのことですが、聴き始めたきっかけは?

佐倉 母親がAMもFMもよく聴く人だったので、子供の頃からラジオには慣れ親しんでいたのですが、安住さんを初めて見たのはTBSテレビの『ぴったんこカン・カン』などのバラエティ番組でした。会話でもしっかりと文章が成立しているような理知的な話し方に惹かれ、正直ひと目惚れしました(笑)。

その母が『にち10』のリスナーでもあったので一緒に聴くようになり、そこからテレビ用に切り貼りされた安住さんではない、飾らない安住さんに夢中になりました。

――そこまで好きな番組の「代打」を務めるのは勇気がいりましたか?

佐倉 最初はお断りしようと思ったんです。私がファンであるからこそ、あの番組によく知らない女性声優が出てきて喋られたら、嫌だなと思ったから。実際、リスナーである母に相談したら「えっ」と顔をしかめられました(笑)。「やめたほうがいいよ」「そうだよね」と話したんです。

ただ、「人生でこんな幸運な出来事がふたたび起こるのか?」という思いも強く、断るのは簡単ですが未練もあったので、マネージャーさんに「私はあまり前向きではないけど、TBSさんに勝算があるのならお引き受けしたい」と、ものすごく失礼なお返事をしました。そこからあれよあれよと話が進んでいき、ついに代打を務める日を迎えることに……(笑)。
 

――リスナーの反響はどうでしたか?

佐倉 「今回はハズレ回だから聴かない」という厳しい意見もありましたが、同じくらいポジティブな感想もいただきました。そうしたメッセージを、私がゲストパーソナリティを務める、五等分の花嫁 カードゲーム presents ラジオ『五等分の花嫁*』に出演するたびに、スタッフさんが印刷して届けてくださいました。今でも私の宝物です。

私は小中学生の頃に不登校を経験しているのですが、そのことを公の場でしっかりと話したのは代打で出演した『にち10』が初めてでした。そこに共鳴してくださる方や、「正直いって、声優という職業をナメていました」という懺悔のようなメールもいただきました。そのメールを見て「やってよかった」という気持ちになりましたね。
 

――ラジオのヘビーリスナーになったきっかけも、不登校が一因だったそうですね。

佐倉 小学校高学年のときに体調不良がきっかけで休むことが多くなり、そのままズルズルと不登校期間が長くなっていったんです。ラジオを聴き始めたのも、人と会う機会が少なかったので「生々しい人間のサンプル」を求める気持ちが強かったのだと思います。テレビも好きでしたが、テレビには多くの人の手が入っていて「しっかりとパッケージングされた番組」という印象が強かったので、よりリアルなものを求めてラジオに夢中になりました。

とくにラジオは聴覚以外の感覚をかなり削ぎ落としたメディアなので、「噓」が入り込みにくい。生放送の番組も多く、生々しいコミュニケーションのサンプルとして際立っていると感じました。それが私のラジオ体験の基盤になっていますね。

――顔は見えないのに、人間性はかえってダイレクトに伝わってしまうのが不思議です。

佐倉 聴覚のみという情報量の限られたメディアだからこそ、聴いている人の想像力が喚起され、人間性というものが突き詰められていくのかもしれません。動画のような情報量の多いメディアと違って、映像もテロップも削ぎ落とされたラジオの場合、想像力が必要になるので、聴く側の作業量も増えていきます。聴き手の関わり方次第で印象がガラリと変わるメディアだと思います。

――そのようなメディアで、他者に語りかけることに怖さはありませんか?

佐倉 とても怖い、怖いです。できれば炎上はしたくないし、誰かを傷つけたくもないので、生放送用の配慮で頭をこねくりまわした末に、言葉の角がどんどん取れて「丸く」なってしまうことがよくあります。「ああ、今のは私の言葉じゃなかったな」みたいな。他人と喋っていてもそうなのですが、「言葉を選んだ末に出たのがこれか」みたいな後悔がたまに起こります(笑)。

(集英社クオータリー『kotoba』2026年秋号より一部抜粋したものです。本文の続きはkotoba本誌でご覧ください)

構成・文=柳瀬 徹 写真=幸田 森

kotoba 2026年秋号
コトバ編集室
kotoba 2026年秋号
2026/9/4
1,900円(税込)
166ページ
特集 ラジオがそばにいてくれる
顔は見えない。映像もない。文字として残るわけでもない。
それでもラジオの言葉は、ときに本や映像以上に深く心に届き、
誰かの背中を押し、私たちの日常に寄り添ってくれることがあります。

いま、「聴く」文化は大きな広がりを見せています。
radikoやポッドキャスト、オーディオブックの普及によって、
新たなリスナーを惹きつけています。
なぜ私たちは誰かの声に耳を傾けるのか。
音声コンテンツはこれからどのような可能性を切り開いていくのか。
本特集では、ラジオと言葉の力、ラジオと本や漫画との関係、
そして音声メディアの未来まで、多彩な書き手や語り手とともに考えます。

Part1 ラジオの力、言葉の力
朝井リョウ×加藤千恵 『信頼できない語り手』の裏側
大西泰斗 「声だけはちょっと自信があったんです」
荻上チキ×武田砂鉄 ニュースをどう伝えるか
宮藤官九郎 愚痴とラジオの意外な関係
田家秀樹×スージー鈴木 音楽を語るラジオ
大森淳郎 戦時下、ラジオ人たちの苦悩と順応

Part2 ラジオと生きる
高橋源一郎 ラジオの子
ハライチ 10年続いた深夜ラジオの「エネルギー」
ヤマノエイ ラジオの漫画が描きたくて漫画家になった
佐倉綾音 「論理」を突き詰め「集団ごっこ」を生きる
タブレット純 ラジオは「通信機」のように
村上謙三久 ラジオ小説はなぜ増えているのか

Part3 ラジオ、次の100年へ
小川 哲×TaiTan×大森時生 ポッドキャストは歌である
アルコ&ピース 文化人の「やばさ」を暴くポッドキャスト
橋本吉史 「一生続けられるコンテンツ」の作り方
ぐんぴぃ×水野太貴 落語家と塾講師――二人が目指す「しゃべりの理想形」
村上謙三久 ポッドキャストをはじめてみた
ラジオ番組のリアルイベントはなぜ増えているのか
出版社音声レーベルの現在地
岡部匡伸 ラジオの形態進化史――日本ラジオ博物館を訪ねて

※〈とじ込み付録〉『さむわんへるつ』ポストカード付き!

【対談】

森 遊机×今井悠也 日本の独自文化 映画パンフがアツい!

【第二四回 開高健ノンフィクション賞 受賞作発表】
上村幸平 『始祖の大地』

【短期集中連載】
腹巻猫 劇伴哲学 藤津亮太
磯部 涼 ルポ川崎2

【連載】
大岡 玲 写真を読む
山下裕二 美を凝視する
山極壽一 ますます「サル化」する人間社会
石井光太 災害遺族をケアする 日本DMORTの挑戦
三宅陽一郎 文学がなければ人工知能はない
入不二基義 脳梗塞、のち哲学
小松由佳 〈新連載〉シリアへ帰る
舟木彩乃 〈新連載〉「いじめ」の心理学
足立倫行 古代史を考えなおす
橋本幸士 物理学者のすごい日記
キリーロバ・ナージャ マルチリンガル・サバイバル
町田麻子 ことば万華鏡 ミュージカルの訳詞の妙技
おほしんたろう おほことば

【kotobaの森】
著者インタビュー 陣野俊史『バンリュー フランス団地映画の軌跡』
マーク・ピーターセン 英語で考えるコトバ
大村次郷 悠久のコトバ
吉川浩満 問う人
町山智浩 映画の台詞

※南陀楼綾繁さんの連載「愛と憎しみの積ん読」は今号休載します。
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