細川護熙が語る、「保守の真髄」
もっとも何度も書いてきたように、保守政党が革新の社会党党首をトップにいただく裏には、自民党内の反発もあった。小沢はそこを見逃さず、新進党を結成して渡辺美智雄に新党への参加を呼びかけ、柿澤弘治らがリベラルズを結成して合流した。そこに自民党公認から漏れた高市早苗が駆けつけたのも前に書いたとおりだ。細川はこうした政界流動化をどう見てきたか。高市政権についてどう評価するか。
「一概にシステムを変えたら政治がよくなるかというと、そうはいきません。もっと大きな視座が必要でしょう。高市政権を一言でいえば、ノーサンキューです。このあいだ、外国に行っても相手にしてくれんから行かへん、と言っていました。
そんな話があるかって思います。ろくに国会答弁もせず、Xの発信ばかり。消費減税をした2年後に税率を8パーセントに戻すとも言っていますけれど、それは政権の自殺行為になりかねない。高市政権はそう長く持たないんじゃないかと思います」
自民党保守という点から見た高市政権はどうか。昭和100年記念式典において天皇のスピーチもなく、自衛隊の音楽隊に流行歌の演奏をさせた企画に非難の声も上がっているが。
「高市さんがはしゃいでいるあのときの映像を見ていると、失敬だというほかありません。官房長官が天皇陛下を先導していましたけれど、なぜ総理がしないのか。それこそ不敬にあたるようにも感じました。高市さんにはとても期待できません。
私は連立当時、理想論だ、書生論だとさんざん批判されました。けれど、それをなくしてはいけない。理想と現実をどう結びつけるか、その役割を担うのが政治です。
裏手の寺にいらした沢庵宗彭和尚は一休さん(臨済宗の一休宗純)とも所縁があったのですが、一休さんの書き残した臨済宗の教えに『諸悪莫作・衆善奉行』という言葉があります。つまり『悪いことをしなさんな、よいおこないをすすんでしなさい』という教えです。
仏法の真髄はなんだと聞かれた人は『5歳の子供でもわかる話じゃないですか』と反論した。すると一休さんは『80歳の老翁でもなかなかできない』と答えたそうです。これは保守の真髄でもあり、保守政治はそうあってほしいと願います。
加えて沢庵和尚の好きな言葉に『百戦百勝するも一忍に如かず』もあります。防衛、安全安保に関する話です。家康、秀忠、家光の徳川三代の和尚として、『ぜったいに戦争はするな、尊いのは忍ということだ』と言い続けた。おかげで徳川の世は265年も続いたわけです。
保守政治をまっとうするためには歴史認識を明確にしなければなりません。先の大戦の際の日本を省みる。細川内閣の業績は何かと問われると、私は真っ先に先の戦争を侵略戦争と認める歴史認識を挙げ、それを言い続けてきました」
高市早苗は嫌中、反中を唱える勢力を味方につけ、政権を運営してきた。岩盤保守などと称され、防衛力の強化という名目の下、戦力の強化に突き進んでいる。しかし侵略を反省しないその過激な思想は保守と呼べるだろうか。
自民党は保革が対峙してきた55年体制の崩壊以降、常に連立を模索してきた。だが、その実、保守のあり様を見失い、政治はいっこうに安定しない。政治の液状化が1990年代から今にいたるまで続くのは、保守政治を取り戻せるリーダーがいないからではないだろうか。(敬称略)
取材・文/森功













