泡と消えた「2000万円の契約金」

プロ1年目のシーズンが終わり、オフに徳島へ帰郷したときだった。父・操が二階で寝込んでいた。株への投資に失敗したのだという。

「結局、親父が株で失敗し、契約金はパー。それからです。僕が株に凝ったのは!」

中日入団の決め手となった2000万円は、泡と消えた。

板東は後に、現役選手でありながら牛乳店経営、ジュークボックス販売などを手がけ、板東ビルを建ててサウナ、割烹料理、ナイトクラブを経営するなど、多岐にわたるサイドビジネスを行った。

株にも手を出した。その背景には、元来の負けず嫌いの性格から、父親が失った金をなんとか取り戻したいという思いもあったのかもしれない。

生前の板東英二さん(写真/産経新聞社)
生前の板東英二さん(写真/産経新聞社)
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教師になりたかった少年は、甲子園で“戦後の怪物”となった。大学へ進学するつもりが、2000万円の現金を目の前にした父親が判を押したことでプロ野球の世界へ。そして、その2000万円は父親の株取引によって消えた。

自分の思い通りには進まなかったプロ野球人生のスタート。しかし、その後の板東はプロ野球界を生き抜き、さらに引退後には芸能界へと進んでいく。

その人生を支えた貪欲なまでの負けず嫌いの性格。その原点のひとつには、あまりにも板東英二らしいプロ入りの舞台裏があった。

文/松永多佳倫