6月に行なわれた結希くんの百箇日法要

安達結希くんが遺体となって発見された南丹市内の山中で、百箇日法要が営まれたのは6月のことだった。遺体発見現場は、民家が点在し田園が広がる通りから一本脇に入り、薄暗い雑木林の中へと続く農道にある。近隣住民が語る。

「確か台風が接近していて暴風や大雨に警戒が呼びかけられた時期の事やったわ。結希くんの百箇日の供養をする言いはって、結希くんのお祖母ちゃんと伯父さんで遺棄現場にいらしてたわ。

結希くんのお母さんは体調が悪いという事で来られてなかった。あんなひどい事件やったんやから体調も悪くなるわ……。住職とそのお弟子さん、それから捜査員も同行してはって、農道の奥に入っていかれてお経を読み上げてはった」

事件直後は結希くんを悼む大勢の人が献花に訪れ、お菓子や飲み物などの供え物が献花台に置き切れないほどだった。しかし現在は、近隣でクマの目撃情報が相次いだことなどから、安全面を考慮して献花台は片付けられたという。

クマ出没のため献花台は片づけられたという(撮影/集英社オンライン)
クマ出没のため献花台は片づけられたという(撮影/集英社オンライン)
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結希くんが行方不明になった当時、学校に送って行かれたはずの結希くんの姿が防犯カメラに映っていなかったり、通学かばんや履いていたとみられる靴が山中で別々に見つかったりするなど、事件には多くの“謎”があるとして世間の耳目を集めた。社会部デスクが事件を振り返る。

「捜査関係者によると優季被告と母親は昨年結婚しており、優季被告が養父になってから結希くんとの間で事件直前までトラブルがあったとみられています。

結希くんは3月23日の朝、市内の公衆トイレで首を絞められて殺害されたとみられ、当時、優季被告は逮捕前の警察の任意の調べに対し『本当のお父さんじゃないと言われ腹が立って首を絞めて殺した』という趣旨の供述をしています」

旧姓が「山本」だった優季被告は、結希くんの母親と結婚して安達姓となったが、結婚前から安達家で暮らしていた。当時、安達家と親交の深かった知人はこう証言していた。

「(優季被告が)住み始めた時はまだ再婚しておらず、母親の彼氏状態でしたが、普通住み始める時にはなにか結婚や婚約の挨拶がありますよね。ところが親族によると容疑者はそれもしっかりせず住み始めたそうです。

他の家族と顔を合わせても『おはようございます』とかの挨拶もせずボーっとしてるので、家族は『変な男』と見ていましたし、結婚には反対していました」(同前)

優季被告(知人提供)
優季被告(知人提供)