絶望の交通事故から10年。諦めなかった始球式
今から10年前の2016年、中野さんは悲劇的な交通事故に遭い、身体の自由を奪われた。突如として始まった寝たきりの生活。これまでの日常が失われ、絶望の淵に立たされてもおかしくない状況の中で、中野さんは懸命なリハビリを続けた。
そんな過酷な日々の中で、野球好きだった彼女が近しい友人たちに語っていたこと。
「いつか始球式で投げてみたい」
その願いが今夏、現実のものとなった。ことの発端は、彼女が暮らす広島県三次(みよし)市の農産物や特産品をPRする「三次デー2026」が、マツダスタジアムで開催されることが決まった日からはじまる。
三次市の福岡誠志(さとし)市長から「三次市で頑張っている人に始球式をお願いしたい」と、中野さんのもとに連絡が入った。念願叶っての、夢の大舞台。その時の心情を彼女はこう語る。
「大きなグラウンドで投げてみたいという願いが叶って、喜びを噛み締めました」
当初、三次市や球団側は、中野さんが車いすに座ったまま投球するものと考えていた。しかし、中野さんは、歩行器を使いつつも「立って」投げることを自ら志願。
「今まで寝たきりだった自分がリハビリを10年頑張ってきて、自分の足で立ち上がれるようになったということをなにか残したい。車いすからではなく、自分の足で立って投げたい。今まで積み重ねてきたリハビリの成果を、ここで発揮したいという思いがありました」












