“海外出稼ぎ”をして逮捕

――そして、本書では番組を見ただけではわからない、超アウトローな小野さんの過去が綴られています。とくに静岡の女子高生時代は週末のたびに東京へ行ってパパ活。平日は東京へ行けないからXでつながった風俗嬢やトー横キッズとおじさんをマッチングし、そのマージンをもらってお金を稼いでいたとか。

カスですよね……。でも、あの頃は常識がないから悪いことをしてる感覚もなくて、需要があるところに供給してるだけ。むしろ風俗で安い給料で働いてる女のコたちに価値をつけてあげてる、とすら思ってました。

――それが東京の大学に進学して上京することで、さらにエスカレート。1日のスケジュールはどんな感じだったんですか?

学校の後にキャバクラやJKリフレで働いて、それが終わったらバーで飲みながらパパ活をマッチング。自分が呼ばれたら「ほな1時間半くらい抜けるわ」とかやったりして毎日朝7時くらいまで飲んでました。

それで授業の資料を取りに家に帰ってまたすぐ学校へ。睡眠はそのタイミングか、授業中、空きコマくらいなんで1~2時間くらいしかなかったと思います。

インタビューに応じる小野乙葉。「無理を言って東京でひとり暮らしをさせてもらったので、毎日朝と寝る前に母親と電話するのがルール。飲みすぎて電話できないと母親が静岡からわざわざ様子を見に来ることもありました」
インタビューに応じる小野乙葉。「無理を言って東京でひとり暮らしをさせてもらったので、毎日朝と寝る前に母親と電話するのがルール。飲みすぎて電話できないと母親が静岡からわざわざ様子を見に来ることもありました」

――悪い方向へ、ですがバイタリティがスゴイ……。どれくらいのお金を手にしたのですか?

正直、収入は全然把握してなくて。バーから抜け出してパパ活で稼いだ金で何十万円という会計を払ったり、まとまったお金を持ってるとママにバレる可能性があるから、とりあえずブランド品を買い漁ったり。

すごく稼いでいたと思いますが、100万円の札束を持ったことは、鼻を整形する時の一度だけでした。

――そして、パパ活の延長で海外出稼ぎにも手を染め、香港で逮捕。2ヶ月ほど少年刑務所に収監されてしまいます。収監中で一番辛かったことは?

お風呂に何日間も入れなかったり、8人ほどが詰め込まれた雑居房の中でトイレをしなきゃいけなかったりしましたが、正直、そこまで辛いことはありませんでした。

暇な時間は髪の毛のフケを丸めて遊びながら、出所したら何をしようかを考えてました。

――ものすごいメンタルですね。

もちろん反省はしてましたよ。でも捕まったことでホッとする部分もあったんです。夜の世界って入るのは簡単だけど、やめるとなるとすごく難しい。そんな自分にブレーキをかけてくれましたから。

なにより、逮捕されたことがママに知られたことで、もうママに対していいコでいなくていい、メッキを貼り続けなくていいという解放感や安堵がありました。後悔があるとすれば、海外で捕まったことで成人式と同窓会に出られなかったことです。一応、中学時代は生徒会長だったので……(苦笑)。