テレビAD時代に身についた「根性と体力」
――いまでこそ、人気のYouTubeチャンネルを立て続けに制作していますが、もともとはテレビディレクターだったんですよね。
坂上祐生(以下同) 大学を卒業して制作会社に入りました。その後はフリーになったり、一度会社に入ったり、いろいろです。『あいのり』だったり、『リアルスコープ』だったり、いろんな番組をやりました。ディレクターとして長くやったのは『人生が変わる1分間の深イイ話』ですね。
――AD時代は、いまよりかなり厳しい時代だったのでは。
そうですね。当時はハラスメントとか就業時間とか、いまほど意識されていない時代でしたから。僕は広島出身で、大学が大阪、就職で東京に出てきたんですけど、最初に再現ドラマを作る番組をやっていて。
いまだったら役者さんの移動にはドライバーがいますけど、当時はADが運転する。お金がないからレンタカーにもオプション料金が発生するカーナビをつけてもらえなくて。免許を取ったばかりだし道もわからないのに、徹夜でロケの準備をしながら前日に地図を見て道を覚えて運転する、みたいな(笑)。
――その下積みが、現在の密着撮影にも生きていますか。
密着の撮り方に直結しているかというと、そこまでではないです。ただ、根性とか体力はついたと思います。昔は本当に大変だったので。
――その後、テレビから離れてYouTubeを始めたのはいつですか。
2020年です。もうテレビが嫌になって(笑)。とはいえ、いきなり全部やめたら食べていけないので、テレビを少しずつ減らして、YouTubeを増やしていきました。テレビで稼いだお金をYouTubeにつぎ込む、みたいな感じでしたね。
最初は俳優さんや宝塚の元トップスターの方のチャンネル、グラビアアイドルの睡眠配信など、さまざまな企画を試しました。
いろいろやりましたけど、まったくダメで。そんなときに「誰か面白い人はいないかな」と探していて、東出さんにたどり着いたんです。














