欲望には終わりがない

人間の欲望には、終わりがありません。

年収を上げたいと願い、努力して目標に届いても、今度はさらに上を目指したくなります。

恋愛でも、好きな人と結ばれれば、それですべてが満たされるとは限りません。

もっと愛されたい。結婚したい。相手を失いたくない。

一つの願いが叶うと、次の願いが生まれます。

その尽きることのない欲望や願望、執着が、念の正体です。

そして、念の怖さは、人から人へ伝わることにあります。

念が集まるのは神社だけではありません。

夜の繁華街、ギャンブル場、婚活イベントなど、強い欲望や焦りが集まる場所に長くいると、理由もなく疲れたり、気分が沈んだり、やる気を失ったりすることがあります。

単に人が多いから疲れたという場合もありますが、そこに集まった感情の影響を受けている可能性もあります。

私たちは、知らないうちに念を外へ飛ばし、知らないうちに他人の念を受け取っているのです。

金運神社と恋愛神社に念が集まりやすい理由

有名神社には、それぞれ象徴的なご利益があります。

宝くじ当選で知られる神社。恋愛成就や復縁で有名な神社。就職や出世、病気平癒で信仰を集める神社。

ご利益が広く知られれば、当然、多くの参拝者が訪れます。

しかし、霊的な視点で見ると、とくに注意したいのが、金運系と恋愛系の有名神社です。

理由は単純です。

この二つは、人の願いのなかでも、とくに執着を生みやすいからです。

金銭の願いは、生活苦や焦り、物欲、見栄と結びつきます。

恋愛の願いは、独占欲や未練、寂しさ、復縁願望と結びつきます。

どちらも、「どうしても手に入れたい」「自分の思いどおりにしたい」という感情が強くなりやすく、そのぶん念も重くなります。

有名な金運神社や恋愛神社には、全国からそうした願いが集まります。

もちろん、神社には本来、持ち込まれた気を浄化する力があります。

神様の力、境内にある木々、水、風の流れが、人々の重たい気を少しずつ洗い流してくれます。

けれど、あまりにも多くの人が訪れ、強い欲望や執着を置いていくと、浄化が追いつかなくなることがあります。

そうなると、境内は本来の澄んだ空気よりも、参拝者の願望が前面に出た場所になってしまうのです。