百貨店を遠ざける選ばない消費
かつて百貨店は「小売りの王様」と呼ばれていましたが、近年は経営難に苦しんでいます。日本百貨店協会の統計によると全国の百貨店売上は、ピークの1991年には9兆7000億円ありましたが、2024年には5兆8000億円まで減少、店舗数も1999年の311店舗から2024年末には178店舗に減少しています(図表6)。
2024年12月には、百貨店のインバウンド売上(免税売上)が12月として過去最高に達したというニュースが話題になりましたが、2025年7月には前年同月比36%減と、頼みの訪日客の消費も振るわなくなりました。
百貨店の閉店は地方だけ、というイメージがあるかと思いますが、都市部でも百貨店は合従連衡を続け、街の風景を様変わりさせていっています。経営統合はだいぶ前になりますが、私自身「西武」と「そごう」が一つになるとは、当時は想像もできませんでした。
さらに2023年には、そのそごう・西武が外資系投資ファンドに売却され、基幹店であった西武池袋本店の売り場のほぼ半分が家電量販店へと転換されつつあるという、大きな変化も起こっています。一時はインバウンドに沸いた都市部でも閉店と隣り合わせの状況にあるのです。
2026年1月には、大阪の髙島屋堺店が閉店しました。若い世代にはあまり実感がないかもしれませんが、髙島屋が店を閉じるというのは、バブルの頃を知る人にとっては本当に信じがたい出来事ではないでしょうか。
特に堺は区で構成される政令指定都市で、人口80万を擁する大都市です。堺店は駅前に立地し、来店客には困らなかったはずですが、閉店の理由は黒字化の目処が立たない、ということでした。
「買い物」を日常生活の一大イベントに押し上げた象徴のような髙島屋でさえ、このような状況というのは、百貨店という業態がいかに岐路に立たされているかを表す例でしょう。
では、百貨店が高度成長期やバブル期に多くの人を惹きつけていた理由は何だったのでしょうか。
それは、百貨店という名前が示す通り何でもそろう以上に、「選ぶことそのものを楽しむ場」だったからではないかと思います。
イベントやお祝い事などのハレの日に出かけ、ウィンドウショッピングをしながら、買うか買わないかを自由に迷う。その体験こそが、百貨店の大きな魅力だったはずです。
私がここで考えたいのは、百貨店の苦境に拍車がかかっている背景にも、選ばない消費の広がりがあるのではないかということです。もともと不要不急の場所だからこそ、デフレが長く続いた中で、経済的な理由から足が遠のいた側面はあるでしょう。ただ同時に、消費者が「選ぶことそのものに楽しみを見出せなくなった」という変化もまた、百貨店離れを加速させたのではないでしょうか。
お金を使うことに慎重になり、華やかな売り場に出かけることが特別な体験ではなくなった。選ぶ行為が面倒になり、むしろ選ばずに済むことが好まれるようになった。そんな変化が積み重なり、商品がずらりと並ぶ空間を、以前のようには歓迎できなくなってきているのかもしれません。
文/久我尚子
註
*1 「直木賞 万城目学さん寄稿『告白』 ChatGPT 実はわが受賞作でも…」、「北海道新聞」2024年2月29日。
*2 「直木賞作家とAIの仲『舞台設定を任せたい』 朝井リョウさんに聞く」、「日本経済新聞」電子版、2016年11月6日。












