実現性が怪しくなってきた「悲願」の飲食料品の消費税ゼロ化
首相が「悲願」とまで語った飲食料品の消費税ゼロ化も実現性は怪しい。
首相率いる自民党は2月の衆院選で「飲食料品は、2年間に限り消費税の対象としないことについて、今後『国民会議』において、財源やスケジュールの在り方など、実現に向けた検討を加速します」と公約した。
だが、政府・与党内ではレジシステム改修に時間を要するとして消費税率を「1%」とする案が浮上しているという。「悲願」になるまでの間、この国の最高権力者はシステムを確認すらしていなかったのかと疑いたくもなる。
先のFNNによる世論調査結果を見るまでもなく、原油価格が高止まりする中で物価上昇に苦しむ国民の声は切実だ。
首相は、飲食料品の消費税ゼロ化について今夏までに意見集約し、秋の臨時国会に関連法案を提出したいとしていたが、本当に実現するのかは不明瞭と言える。
首相は自身の強固な支持層とされる保守派などに向け、それまでも威勢の良い言葉を並べてきた。靖国神社参拝や「竹島の日」式典への閣僚出席などをめぐる“約束”は代表的なものだろう。
政治家にとって言葉や公約は「命」のはずが…
だが、首相に就任すると参拝を断念し、式典への閣僚派遣も「堂々と大臣が出ていったらいいじゃないですか」と語っていたにもかかわらず見送っている。
長年の悲願だと言っていた「国旗損壊罪」の制定も先行きは見通せない。
本来、政治家にとって言葉や公約は「命」であるはずだ。首相が語ったものであれば、なおさら重要視される。だが、高市政権が半年間で遺した「実績」はどれほどあるだろうか。
これまでの言動や公約を守るために実現へ向けて動いているのかもしれないが、首相就任前に発していた言葉と比べると、どれも中途半端な感じは否めない。過去の発言との整合性は厳しく問われるべきだろう。
各種世論調査で支持率が下落傾向にあるのは、国民に「サナエノミクスって何だったの?」などという失望が生じてきたからではないか。保守層の一部にも「言っていたことと、やっていることが違う」と距離を置く人たちがみられる。
高市首相の「履歴書」は、今後の展開を不安視させる要因とも言える。永田町においては、理想と現実を調整するのが宰相の最大の役割ともされるが、首相の過去と今の整合性をスルーしていけば、その責任は国民が負うことになるだろう。
文/竹橋大吉













