「俺、これがやりたかったんよ」
ツッコミとは、よく「ボケをわかりやすく翻訳すること」などと言われる。つまりは、物事の視点や解釈を当意即妙に表現することだ。ならば、「ボケ」ていないものに対しても、ツッコミで意味を与えて笑いを取ることができるのではないか。それを実証した。
何しろ、決勝戦のお題は「なし」なのだ。
「俺、これがやりたかったんよ。これやりにお笑い界に入ってたからなあ。これやりたいヤツばっかりやと思うねん。でも、これやれるヤツおらんねん」
番組収録直後に撮影したYouTubeで、粗品は高揚した面持ちでそう語っていた。万人向けでは決してない、けれど、自分が面白いと信じたものを真っ直ぐ表現することができたという達成感に満ちていた。
番組のMCを務めるだけでなく、企画段階からその中枢にかかわるということは、そのすべてにおいて矢面に立つということ。仮に面白くなければ、批判は自分に集中する。その覚悟がなければできなかったはずだ。
実際、SNS上では賛否両論が巻き起こり、「否」の意見は粗品に対するものが大勢を占めている。それでも粗品には、視聴者がついてきてくれる、いつかはわかってくれる、という願いにも似た信頼があったのではないか。
すべてが上手く行っていたかといえば、そうではないかも知れないが、回を重ねてここから新たな“スター”が生まれれば、それ以上の成功はない。
かつて、テレビは視聴者の“半歩先”を歩もうとしていた。そうして新しいものを生んでいった。
そうするためには、時に半ば強引とも言える「個」の力が必要なのだろう。
もちろん、老若男女に向けて放送されるテレビだから、そんな番組ばかりになったら、それはそれで問題かもしれない。だが、ひとつやふたつ、『ツッコミスター』のような番組がゴールデンタイムで放送されるのは、テレビの未来にとって重要で、何より痛快だ。
文/てれびのスキマ(戸部田誠)



















