立ち退きには明文化された相場がない

トフロム八重洲に限らず、日本の再開発は「多数決」で決まりにくいため、混乱を招くことが多い。それは大規模な施設だけではない。X(旧Twitter)で大きな話題を呼んだのが、東京都港区の白金台で2022年に起きた事件だ。

老朽化したマンションの玄関口に生卵やゴミが放置され、干物も吊るされた写真が投稿され、「炎上」したのだ。コンクリートにはスプレー缶で「バンザイ」「持久戦」といった文字が描かれた。

関西を拠点とする不動産事業者が、立ち退きに応じないテナントや住人を追い出すために嫌がらせを行ったとされる。バブル期を彷彿とさせる手法だが、土地や建物の持ち主が再開発を目論んでも、住人が首を縦に振らなければ追い出すことができず、開発がストップしてしまう。

そのことに焦って、強引な手段に打って出たとされる。立ち退きには明文化された相場がないため、どうしても感情論になりがちだ。

規模や動く金の額が大きければ大きいほど、こうした再開発はこじれやすい。前述の大手デベロッパーのA氏は「入社してから30年間、ひたすら地権者に土産を持って日参し、酒を酌み交わし、定年時にようやく建物が完成するのを見届けるというケースもある」と語る。

「街づくりをしたい」と目を輝かせて超高倍率を乗り越えて不動産デベロッパーに入社した若者が、こうした現実にぶち当たって退職するということもままあるという。

コストをかけても、成就するとは限らない

それだけのコストをかけても、成就するとは限らない。都心一等地の再開発でも、権利調整に失敗したり、途中で所有者が不明になっていたりした結果、誰も住んでいないような朽ち果てた戸建てが放置されるケースもある。

そうした物件は、Netflixのドラマにもなった「地面師たち」のように、組織犯罪のターゲットになることすらある。

玄関口が消費者金融や質店に取り囲まれる形となったトフロム八重洲だが、A氏は「入口が多少不細工になっただけで、大成功でしょう」と話す。

そもそも、都心の複合開発はオフィスフロアで稼ぐようになっている。現在、コロナ禍からの対面回帰の流れにより都心の大型オフィスは争奪戦となっており、トフロム八重洲もその流れに乗っている。東京駅の真ん前で、高速バス乗り場も抱えており、「絶対に負けない立地」(A氏)だ。

「もし質店と消費者金融の入ったビルを諦めずに交渉が長期化していたら、建築コストの上昇が直撃して建築費が2倍になっていたかもしれない。むしろ幸運だったのでは」とA氏は語る。

消費者金融や質店も、多くの人通りで賑わって、商売が繁盛することだろう。東京を代表する新名所としては少し微妙な気分になるが、これもまた、日本という「決められない」国を象徴する光景なのだろう。

文/築地コンフィデンシャル 写真/shutterstock