ビートルズとの出会いが変えた人生
1949年5月9日にニューヨークのブロンクスで生まれたビリー・ジョエルは、ピアニストでもあったドイツ系ユダヤ人の父親の影響から、4歳でピアノを習い始めた。
最初はクラシック音楽を学んでいたが、1964年の初頭に出会ったビートルズに大きな衝撃を受けた。
全米中継されたテレビの「エド・サリヴァン・ショー」を観て圧倒されたビリーは、将来はビートルズのようなロック・ミュージシャンになることを決意する。特にジョン・レノンには感じるものがあった。
地元のロック・バンドに加わったビリーは、バンドマン生活を続ける中で2つのグループを経て、自身のソロも含めて3枚のアルバムをリリースした。
だが、信じられないような不運やトラブルが続いて、まるで日の目を見ることが出来ず、ニューヨークからロサンゼルスへと活動拠点を移した。
ビートルズの音楽に出会ってから10年。1973年にソロとしてのセカンド・アルバム『ピアノ・マン』を作ったビリーは、長かった下積み期間を抜け出してやっと世間に認められる。
バーやラウンジでピアノを弾いて食いつないでいた時代の経験を歌った『ピアノ・マン』は、大きなヒットではなかったが、次第に支持者が増えて、その言葉はビリーの代名詞となっていく。
それからサード・アルバム『ストリートライフ・セレナーデ』を制作してコンサートツアーを行なったものの、思ったほどの反響を得られなかった。














