ギターが弾けなかったフェンダーの創設者

フェンダー社の創設者、レオ・フェンダーが2009年に技術面で音楽に多大な貢献をもたらした人物に贈られるテクニカル・グラミー賞を受賞した際に、ローリング・ストーンズのキース・リチャーズはこんな賛辞を贈った。

「テレキャスは馬車馬、ストラトは競走馬とか種馬って感じだな。どっちも素晴らしい機械だが、それを作ったレオ・フェンダーのことを話すってなると難しい。(中略)カリフォルニアのフラートンでギターを作って、俺たちが聴く音楽を変えちまった男の話だぜ。ほんとにとんでもないヤツだよ」(キース・リチャーズ)

キース・リチャーズ(写真/Shutterstock)
キース・リチャーズ(写真/Shutterstock)
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ジミ・ヘンドリックスが使用したことで一気に広まり、エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、リッチー・ブラックモア、エディ・ヴァン・ヘイレンらが愛用し、今やロックギターの代名詞とも言える存在となった「ストラトキャスター」。

ジェームズ・バートンやジョー・ストラマー、ブルース・スプリングスティーン、キース・リチャーズなどが使用し、幅広い層から支持され続けている「テレキャスター」。

その他、数多くのギターやベースを生み出したレオ・フェンダーが、ロック・シーンにもたらした貢献は計り知れないほど大きい。ところが、自身はまったくと言っていいほどギターが弾けなかった。

写真はイメージです(写真/Shutterstock)
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本名、クラレンス・レオニダス・フェンダーがカリフォルニアのフラートンで生まれたのは、1909年の8月10日のこと。

幼い頃から機械や工具が好きだったレオが、10代のときに夢中になったのがラジオだった。

アメリカでラジオの公共放送がスタートしたのは1920年。大統領選挙の開票を中継したことにより人々の関心を集めると、次々に新しいラジオ局が開設してラジオも爆発的に売れ、あっという間にラジオはアメリカ社会に普及する。

写真はイメージです(写真/Shutterstock)
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レオもまた13歳のときに叔父からラジオのキットをもらうと、遠くから音楽が届けられることに感動し、ラジオを作ったり、修理したりするのが趣味になっていった。

レオは大学を卒業してから簿記の仕事に就いたが、その一方でラジオなど機械の修理をするという趣味は続いており、時には知人のバンドマンに頼まれて、PAシステムを作るほどの知識と技術を持っていた。

そうした趣味が高じて、レオは1938年に「フェンダー・ラジオ・サービス」をスタートさせる。