芸能界入りのきっかけは、姉の何気ない誘い

休学は中学校卒業まで続いた。それまで周囲を気遣い、はつらつとした姿を見せてきた坂上さんの、初めての弱気だった。

そんな時期、坂上さんは芸能に興味を持ち始めた。発症当初に悩まされた重度のめまいは徐々に改善していったが、長く学校に通えなかったことで精神的な不調も生じていた。

「制服を着て、今日こそは学校へ行こうと思うのですが、お腹が痛くなってしまうんです。それで結局休んで……を繰り返しました。学校へ行ったとしても『どうして休んでたの?』『大丈夫?』と級友が心配してくれるのが目に浮かんで、それを重く感じてしまいました。

そんな折、芸能界に在籍していた姉から『JC(女子中学生)ミスコン』というイベントがあることを教えてもらいました」

コロナ禍では、マスクで口元の動きが読めずコミュニケーションに困難を感じたという
コロナ禍では、マスクで口元の動きが読めずコミュニケーションに困難を感じたという

気晴らしに参加した坂上さんは、グランプリこそ獲れなかったが、ファイナリストに残った。以来、その縁で芸能界で仕事をするようになる。家族は彼女の決断をどうみているのか。

「当時、中学校に通いたくても通えないジレンマで無気力だった私が自分から挑戦したいと言ったのを、母は好意的に受け止めてくれました。感謝しています」

障害を抱える坂上さんの、俳優という職業に対する向き合い方は興味深い。

「片耳難聴という経験を経て、人の感情やその場の空気に敏感になったように思います。作品や役柄に対して誠実であるためには、自分の感情を大切にしながらも役として自然に存在することが必要だと考えているので、繊細な感情表現が自身の武器になればいいなと考えています。

『アンラッキーガール!』に出演したときに、周囲の雰囲気と溶け合った芝居を体感することができて、役を演じることの根本に触れた気がしました」