インドは資源のもと、オーストラリアは流刑地
大英帝国は約500年間存続し、フランス、オランダ、ポルトガル、スペイン、イタリアといった他の多くのヨーロッパ諸国もそれぞれの帝国を築いた。しかし大英帝国は史上最大の規模になった。その大きさは、かつての強大なローマ帝国の7倍にも及んだ。
およそ一世紀前の最盛期に、大英帝国は1371万平方マイルの広さに及び、インド(「亜大陸」とも呼ばれる)アフリカ諸国、カナダ、オーストラリア、そして数多くのカリブ海の島々を含んでいた。これは世界の陸地の4分の1にあたる。
さらに驚くべき別の言い方をすると、1900年代初頭の大英帝国の領土をすべてあわせると、月の表面のほぼ全体を覆うほどの広さだったのだ! 帝国は地球上のとても多くの国々や時間帯にまたがっていたため、最盛期には太陽が沈むのを見ることなく大英帝国を横断できるといわれていた。
イギリスがさまざまな植民地を手に入れた理由は、実に多様だった。例えばインドに関わるようになったのは、貿易で取引したい豊富な資源があったからだ。またオーストラリアは、犯罪者を送る流刑地として便利な場所と見なされていた。
イギリスの帝国主義は時代ごとにさまざまな段階を経てきた。ある時期には、白人男性が帝国内で出会った褐色の女性と結婚することが許されていたが、別の時期には異人種間の関係は嫌悪の対象となった。ある段階では、イギリスの帝国主義者たちは奴隷貿易の悪弊を根絶しようと尽力した。
しかし17世紀後半から19世紀初頭にかけての長い間、大英帝国は大西洋奴隷貿易という悪で利益を得ていた。
奴隷貿易とはアフリカ各地から黒人の男性・女性・子どもを拉致し、大西洋を渡ってカリブ海諸島、北米やその他の地域の農園に送り込み、無償での労働を強制するものだった。大英帝国の支配下で、アフリカ大陸の300万人以上がこの運命を被こうむり、その多くが船内の劣悪な環境で航海中に命を落とした。
奴隷によって生産された砂糖やその他の作物は、イギリスの一部の人々に巨額の富をもたらした。しかし最終的に英国は奴隷貿易を「悪」と認め、それを違法とし、世界的に廃止(つまり終わらせること)する運動で先頭に立つようになった。では、そのように多くの国々をどのように支配していたのか?













