エレファントカーブ

2012年、世界銀行のエコノミストだったブランコ・ミラノヴィッチによって発表された「エレファントカーブ」という概念は、その数年後に起きたトランプ現象を明快に説明する理論として注目を集めた。

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上の図の通り、エレファントカーブとは、1988年から2008年までの20年間のグローバルな所得成長率を分析したものだ。

横軸(X軸)は世界全体の所得分布階層を示す。世界の人口を百等分して左から右に並べている。縦軸(Y軸)には1988年からの20年間の各所得階層の所得の伸び率(成長率)が示されている。

この図によって「世界の所得階層の特定の位置にいる人々が、該当する20年間、おおむねどれくらい所得が伸びたか」を把握することができる。このグラフの線が象のシルエットに似ているところから、エレファントカーブと名づけられた。

X軸のもっとも左端はアフリカなど10の最貧困層だろう。この部分は、おそらく2010年代からのここ15年ほどで相当改善されたと見られるが、2008年までの時点では長い内戦や政治的な混乱などが理由で、貧困からまったく抜け出せなかった状態の階層だ。象の尻尾の先端にあたる。

そこからX軸を右にたどると、象の尻尾から尻のあたり、ここが世紀末からミレニアムにかけて貧困から抜け出しつつある層。そして大きな象の背中が東南アジアやインドなど、平均所得はまだまだ低いが、グローバル化の恩恵もあって急成長を遂げ、最貧困からは脱した階層。だから中国は、おそらく象の頭部のあたりにいるのだろう。

もちろん、これは国ごとの分析ではなく、あくまで世界の人口と所得の関係なので例外も多いが、韓国、台湾はいま成長が止まりつつある眉間から鼻にかけて。そして先進国の下位中間層、すなわち日本で言えば年間所得が300万円前後の人々が象の鼻の折れ曲がった部分。

ある程度の所得はあるが、成長が止まった階層だ。その先、上を向いた象の鼻先は、ITバブルの長者たちといった超富裕層で、ここは所得が伸び続けている。

2016年の米大統領選挙において、トランプ現象を説明するために、このエレファントカーブはよく用いられた。ドナルド・トランプ氏の支持層の不満の背景を解き明かすのに、この理論がきわめて明晰だったからだ。

トランプ支持者の過半は新興国の人々よりも所得は高い。もちろん為替の問題や、国ごとの物価の違いもあるから単純な比較はできないが、それを前提としても、おそらくアメリカの下位中間層は、東南アジアの新興国中間層よりも経済的には比較的豊かな生活を送っている。

問題は、その対比ではない。

この20年、所得が伸びなかった自分たち、物価上昇によって可処分所得が少しずつ目減りしてきた自分たちよりも、新興国中間層の所得が伸びていることが許せないのだ。そして、かつて自分たち労働者の味方だったはずの民主党政権の施策が、人権や多様性の名の下に、この新興国中間層を優遇しているように見えてしまう。

自分たちの努力が報われないのに対して、「あいつらはうまくやっている」とも感じてしまうのだ。

同じ2016年、民主党の大統領予備選挙に出馬したバーニー・サンダースは、この下位中間層の不満と怨嗟を、超富裕層に向けようとした。

しかし彼は予備選段階でヒラリー・クリントンに敗れる。その真っ当に見える主張は一定の支持は得たが、民主党支持者の中でさえ多数を占めるには至らなかった。

一方、共和党のトランプ氏は、この怨嗟を新興国中間層の象徴であるニューカマー(移民)たちに向けることで、いわゆる白人貧困層の心をつかんだ。