浦和レッズサポーターの「JAPANESE ONLY」なる醜悪な横断幕
なぜなら、本書のタイトル「九月、東京の路上で」が確定し、サブタイトルも「1923年関東大震災 ジェノサイドの残響」に決まった。が、これらの文字のどこにも「朝鮮人」の文字が含まれていない。だから、カバーの表1(いわゆるオモテ表紙)で、なんらかの方法で「朝鮮人虐殺が主題である」ことを伝えなければならない。
そこで、朔太郎の威を借りた。それもこれも「売れるように」との思いからだ。
そして、帯はでき上がった。
萩原朔太郎といとうせいこうの名が、著者の「加藤直樹」よりずいぶんと目立つデザインだ。
これを見たとき、加藤さんは怒るどころか「ぼくの名前をもっと小さくできないですか」と言った。安藤は「これ以上は無理」と即答。すなわち、安藤は著者名がすでに極限まで小さいことを自覚していたのだった。失礼な話である。が、結果は─。
2014年3月の発売直後に、Jリーグ浦和レッズのサポーターがホーム側ゴール裏スタンドに「JAPANESE ONLY」なる醜悪な横断幕を掲示したことによって、猛烈な非難がわき起こり、レッズのサポーターを自認するコラムニストの小田嶋隆さんが、出演したラジオ番組で本書を紹介してくれた。
「こんなこと(差別横断幕の掲示)を続けてるとどうなるのか。この本が行く末を示している」
こう警鐘されたことで、本書は爆発的に売れた。初版2200部、2刷3000部、3刷5000部と、発売から2カ月であっという間に1万部を超えた。
それは、社会が要請したことであって、ぼくたちころからの力ではない。あれほど「売れるように」しようと腐心したが、実際に売れたのは、その「おかげ」ではない。
著者の焦りにも似た痛切な気持ちと、社会の求めるものが、本という形で出会ったのだ。それだけだ。そのときに出版社にできることはそんなにはない。
だが、この成功体験は、ぼくたちを勇気づけた。「売れるように」という一見あさましい原理によって行動したぼくたちに、「それでいい」と言ってくれているように感じることができたからだ。
初版が2200部なのは、いろいろ迷った結果だ。
「1500部では足りない気がする」「かと言って3000部は多い」「広く知ってもらうために200人ぐらいの著名人に献本しようか」「では、販売用に2000部、献本用に200部にしよう」という思案の結果だ。
そして、初版本ができ上がったとき、加藤さんにこう伝えた。
「10年かけてでも売り切りましょう」と。
それは、ころからにとって大いなる決意表明だった。その思いはいまも忘れない。実際には刊行からわずか3週間でその目標をクリアしたいまとなっても。













