手しごとが導く自然の造形美
小島 今、世界的に盆栽というものがフィーチャーされ始めたので、盆栽業界は新規参入も増えています。僕が14年前にこの盆栽業界に入ったときは、僕が一番若手ぐらいで、盆栽屋さんをやりたいなんていう若い人はほぼ皆無でした。でもここ数年の間で、ものすごく増えていますね。日本に今、何人ぐらいの作家さんがいるのかわかりませんが、僕が入っている全国の盆栽屋さんのグループLINEには、百数十の園が参加しています。
塚原 盆栽に携われられている方、小島さんをはじめとした盆栽士の方々にとって、盆栽の好き嫌いってあるんですか?
小島 やっぱり、どうしても好みは出てきますね。でもそこまで強いものではないかな。僕は最初の頃は松柏類、松と真柏のザ・盆栽と言われているものばかりやっていたんです。「それ以外は盆栽じゃない」くらいのことを言い切っていたんですけど、今は雑木類といって、桜とか、梅とか、また紅葉するものや落葉するものも好きです。秋に色づき、冬に枯れ、春にまた芽吹く盆栽。でもやっぱりいまだに、松柏類はとっておきのものだとは思っておりますけれども。
塚原 盆栽によるカタチって自然にある造形なんですか。それとも人がつくった造形なんですか?
小島 このギャラリーにあるものは、「山採り」といって天然の木を持ってきて、人が手を加えて作っていっているものなので、半分は人の手ですね。真っすぐ伸びていく幹に対して、太い銅線を巻いて、「こういうふうに曲がれよ」と道筋をつけてやり、3年経ったらまた違う方向に曲げて、また3年経ったら違う方に曲げてということを繰り返していくことで、自然にはない幹や枝のうねりであったり、造形美が生まれる。なので、人間が手を加えることが盆栽なんですけれども、木の成長を促して作ってきた結果でもあるので、半分は自然です。生産から生まれた木を使う盆栽もありますが、やはり自然の木で作る山採りが一番価値があります。
塚原 いろんな人が「盆栽って美しい」と言うと思うんですけど、何がみんなの心に刺さっているんですかね?
小島 日本人はやっぱり「美しい」という言葉を使いますよね。たぶん日本人のDNAに、盆栽や木といった自然のものを、美しく感じる何かがあるんじゃないかと思っています。以前話した、海外の人たちは「虫の音を聴く」という感覚が理解できないということにも通じるのかもしれない。
塚原 そういう自然のものに対して、人間が「好き」とか「嫌い」とか、「美しい、美しくない」と評価する姿勢は、盆栽の世界ではどう捉えられているんですか?
小島 木は気づいているんですよね、「この人、本当に自分のこと好きなのかな」って。「プラントミュージック」って御存知ですか? 鉢植えの木から発せられる周波数で音源をつくっている人たちがいて、それが人間にとって最も必要な音だと言われているんです。
基本的には528ヘルツの周波数が、人間にとって心地がいいと言われているけれども、木が発する周波数をどんどん細分化していくと33ヘルツになるんです。面白い実験があって、鉢植えの木にプラス・マイナスの電極をつけて、そこから出る電磁波を盤面に張った水に送ると、水面にきれいな花模様ができるんです。このきれいな花ができるのが大体33ヘルツと言われているんですけれども、何でそんなことができるのか。
たとえば街路樹のように地植えした木から音を取ろうとしても、きれいな音は流れません。電磁波が空間に広がりすぎているから、均一な周波数にならないんです。でも鉢の中に植えている木は、電磁波が鉢のエリアで行き滞るので、音が止まることがなく、きれいな音が流れるんです。
こんな研究もあります。木に向かって、「今からこの枝を切るぞ、本気で切りに行くぞ」と思ったら、木がそのことを察知した反応をするというんです。でもそれが「切るふり」だと反応が起こらず、木の側で「ああ切らないな、こいつは」というのがわかるらしいんですね。
日本はまだまだ遅れていますが、世界では木にまつわる新しいアートが生まれ、木に対する新しい研究も進んできています。僕も寝る前にプラントミュージックを流しているし、自分たちで盆栽ミュージックみたいなものを作りたいとも思っています。真柏、黒松、赤松、いろんな樹皮がどんな音を流して、人間にどんなフィーリングを与えているか? 盆栽がどんな音を出すのか、楽しみにしています。














