立憲民主党政策の「いかがわしさ」が、白日の下に晒された
今の日本のように、有権者が次にどこへ投票するのか誰にも予測できない「先が見えない」状況では、政党は恐怖に駆られる。その恐怖に対する「保険」こそが、合併なのだ。この論文の指摘は、まさに今の両党の心境を言い当てている。
公明党にとっての「保険」とは、自らの組織票を立憲に差し出すという「現在のコスト」を支払ってでも、党が消滅するという「将来の破滅的な結果」を回避することだった。彼らは、将来の人気喪失を何よりも恐れ、合併というシェルターに駆け込むことを選んだのだ。
計算は完璧に見えた。互いに得をするはずだった。しかし、この打算には致命的な副作用があった。それは、立憲民主党が掲げてきた政策の「いかがわしさ」が、白日の下に晒されてしまったという点だ。
これまで、立憲民主党は「リベラル」や「護憲」といった言葉で自らを飾り立ててきた。しかし、公明党と合併し、隣に「(20年以上、自民党と歩み、与党としての責任を果たしてきたという)まともな基準」が置かれた瞬間、メッキは剥がれ落ちた。
公明党が持ち込んだ政策は、実現可能な財源を裏付けとし、国家の安全保障を現実的に考える、徹底して「まとも」なものだったからだ。
選挙のために「原発ゼロ」をあっさり諦めた立民に背を向けた支持者
比較対象ができたことで、立憲民主党のこれまでの主張が、いかに空疎で、非現実的であったかが、誰の目にも明らかになってしまった。
原発の問題1つとってもそうだ。公明党は、経済の現実を見据えて再稼働を容認する。対して、立憲民主党は「原発ゼロ」を叫んできたが、合併協議の中で、選挙協力という実利のためにあっさりと自らの旗印を下ろした。
旗印を簡単に下ろせるということは、その主張には、最初から重みも覚悟もなかったことの証明ではないか。
無党派層は変化を敏感に感じ取り、「やはり、あの人たちには任せられない」と静かに背を向け始めた。さらに深刻なのは、これまで立憲民主党を熱心に支えてきた市民運動家たちの絶望だ。
自分たちが正義だと信じて叫んできたスローガンが、公明党の組織票と引き換えに捨てられたのだ。運動家たちの熱意は急速に冷め、やる気は失われた。
しかし、この悲劇の原因は、決して公明党にあるわけではない。すべての災いの種は、立憲民主党自身がこれまでに撒いてきたものだ。













