過去にはボイコット断行で制度変更も
過去の主なボイコット運動は以下の通り。
・1958年スウェーデン大会:エジプト、スーダンが政治的理由でイスラエルとの対戦を拒否。インドネシアが中立地開催を要求も認められず棄権
・1974年西ドイツ大会:ソビエト連邦代表がチリで起きた政変への抗議として、試合会場変更を求め予選をボイコット。FIFAは受け入れず失格処分
・1978年アルゼンチン大会:開催国におけるスポーツの政治利用に反対した「アルゼンチンW杯ボイコット委員会(COBA)」が発足し、パリで8000人規模のデモが勃発
・2014年ブラジル大会:スタジアムやインフラへの巨額の公費投入の一方で、公共サービスが置き去りにされていることに対し、「Não vai ter Copa(W杯なんてやらせない)」をスローガンとした国内デモが勃発
・2018年ロシア大会:ロシアのクリミア半島併合や外交での強硬姿勢に対し、英国閣僚や王室メンバーが不参加を表明
・2022年カタール大会:デンマーク代表による「human rights for all(すべての人に人権を)」と書かれたTシャツの着用が提案
2014年ブラジル大会からは開催ごとにボイコット運動が起きているが、全て「運動」の域で収まっている。66年大会のボイコットと決定的に異なる点は、FIFAが介入できない問題に対して行動が起こされている点だろう。「スポーツなんてやっている場合じゃない」という民衆の意思が、W杯開催を通じて提起され続けてきた。
今回の騒動はサッカー協会や政府を巻き込むまでに発展するのか。1980年モスクワ五輪で起きたアメリカ主導のボイコットと照らし合わせると、共通点が浮かび上がってくる。
当時アメリカはソ連のアフガニスタン侵攻に抗議し、カーター政権主導で不参加を決定。その後多くの国を巻き込むこととなったが、不参加の理由が「他国への侵攻」という点では、グリーンランド所有への意欲と一致する。













