102歳に達していた古老の自死─。その事実を私(青木理)が初めて知ったのは、事案の発生から2年近くが経った2013年初頭のことである。

著者の青木理さん (撮影/三好祐司)
著者の青木理さん (撮影/三好祐司)
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 周知のことを念のために記せば、文雄の自死のちょうど1か月前には東日本大震災が発生し、それに伴う巨大津波が太平洋沿岸の各地を襲い、実に2万人を超える人びとの命を無情に奪い去っていた。さらには複数の原子炉が同時にメルトダウン=炉心溶融する福島第一原発の破滅的事故も引き起こされ、各メディアのニュースは巨大な震災と津波の被害、そして原発事故関連の情報に埋め尽くされていた。

 だから私が気づかなかったのか、あらためて調べてみると、自死の数日後にほんの小さなベタ記事で、眼を凝らさなければ気づかぬほど短い数行ほどの記事で、しかも匿名で、事実自体は報じられていた。自死という事案そのものが持つ極度のデリケート性が報道を自制させた面も間違いなくあったろう。

 ただ、2年近くも経って102歳の古老─大久保文雄の自死をそれなりにまとまった新聞の企画記事で初めて読んだとき、決して大袈裟ではなく、私は心底から驚愕して記事を幾度も読み返した。白寿も百寿も超えて102年の齢を積み重ねてきた長寿者が、いったいなぜ自ら首をくくって命を絶たなければならなかったのか。実に1世紀を超えた人生の幕をなぜわざわざ自ら強制的に閉じなければならなかったのか。

 もとより死生観や人生観といったものは人それぞれであり、長く生きることだけが人の幸福の尺度であろうはずがない。いくらそれを願っても叶わぬ者だって数多いし、長かろうが短かろうが所与の人生の時をどう充実させるかが重要なのであって、長きことをもって幸福の尺度とするのは短慮にすぎると、そう賢しげに語る者もいるに違いない。私だってそう思わないでもない。

 だが、大半の人間にとって長寿は古から最大の願いのひとつであり、できうることならば一日でも長く健やかに生きて人生を謳歌したいと望む。そんなものは陳腐で凡庸な価値観だよと語る者がいても、多くの者にとってはそれが偽らざる本音であるのもまた事実であろう。

 まして齢100を超えて大きな持病もなく、足腰もそれなりに壮健で、長閑な田園の家で家族に囲まれて過ごし、日々温かな食事を口にしつつ、のんびりとした余生を送る─これ以上に理想的で幸福な生活を想像するのは難しい。

 だというのに102歳の文雄は、自ら死を選び、自ら命を絶った。これからおいおい記していくように、東日本大震災に伴う福島第一原発の破滅的事故が最大の引き金になったのは疑いないが、しかしその心中にはもっと複雑でやるせない絶望と無念が、そして骨の髄から滲み出てくるような憤怒と憤激が、つまりは強烈な抗議と異議申し立ての意志とメッセージが、そこには込められていたのではなかったか。でなければ、百寿を超えた古老が自ら強制的に人生を閉じてしまうとは思えないし、そう易々と首肯して済まされるような事案とも思われない。

 このルポルタージュは、その真相に可能な限り近づいてみようとする試みである。と同時に、実に1世紀=百年を超える生をひたすら土と向きあって慎ましやかに、しかし懸命に生き抜きながら、最期に自らそれに終止符を打った、打たざるを得なかった古老を心から悼む挽歌でもある。

百年の挽歌 原発、戦争、美しい村
青木 理
百年の挽歌 原発、戦争、美しい村
2026年1月26日
2,200円(税込)
四六判/224ページ
ISBN: 978-4-08-789024-2

102歳の古老は、なぜ自ら命を絶ったのか?
東日本大震災、福島第一原子力発電所事故から15年
『安倍三代』の青木 理が満を持して放つ、3・11レクイエム

◆内容紹介◆
2011年4月11日深夜、東北の小さな村で、百年余を生きたひとりの男が自ら命を絶った――。
厳しくもゆたかな自然に囲まれ、人と土地が寄り添ってきた村で、何が彼をそこまで追い詰めたのか。
その死の背景を追ううちに見えてきたのは「国策」という名の巨大な影と、時代に翻弄される人々の姿、そして戦争の記憶だった。
『安倍三代』の青木 理が静かな筆致で、現代日本の痛みと喪失をえぐり出し、美しい村の記憶と、そこに生きる人々の尊厳を描く渾身のルポルタージュ。

◆推薦◆
「この本は、ひとつの村の物語であり、同時にこの国の百年の記録である。」内田樹氏
「”この風景は私”と言えるほど土と人が結びついた暮らしを、原発事故によって断ち切られた人々の喪失が、本書には刻まれている。」藤原辰史氏
「貨幣による豊かさの名のもとに、共同体と暮らしがいかに壊されてきたか。その現実を、本書は静かに突きつけている。」田中優子氏

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