あの15年前のショックをもう忘れたのか
青木 しかも僕たちはあの破滅的事故を経験し、この眼で目撃し、そして恐怖に怯えたわけです。さらに視野を延ばし広げてみるなら、原子力には軍事利用と平和利用があると教えられ、前者についてはそれが現に使われた唯一の被爆国でもある。
また、戦後も冷戦下で大国が核開発競争に突き進み、その核実験では第5福竜丸の船員が被爆する惨事も起きた。そして世界最悪クラスとなった福島の破滅的事故。こんな歴史を背負っている国は世界を見渡しても日本しかなく、福島の惨事では「東日本壊滅」までが現実の可能性として語られた。わずか15年前のことであり、あのショックで目が覚めたという人たちもたくさんいたわけですよね。
内田 たくさんいましたよ。
青木 なのに政府は今“原発回帰”をあからさまにしています。少し前までは原発依存度を低減していくのだと、一応はその程度の旗を掲げてはいたのに、各地で再稼働が次々進められ、現実性があるかどうかはともかく原発の新増設までが公然と語られ始め、ついには「最大限活用」するのだと謳い、福島の惨事を引き起こした東京電力までが柏崎刈羽原発の再稼働に突き進んでいる。
つい先日には新潟県知事もこれを容認し、2026年には再稼働の見通しだそうです(編集部註:2026年1月21日に約14年ぶりに東京電力による原子炉[柏崎刈羽原発6号機]の再稼働が行われた。しかし翌22日には制御装置の不具合が生じ原子炉は再度停止に。不具合の調査の終了時期は未定と報じられている)。
一方で福島に眼を転じれば、あの破滅的事故の後始末は終わっていないどころか、まだ始まってもいないような状況です。メルトダウンした880トンもの燃料デブリ一つ例にとっても、15年経ってようやく耳かき2杯分ほどを取り出しただけで、全量を取り出す目処も立たず、取り出せるかどうかさえわからない。仮に取り出せたとしても、先ほど内田さんがおっしゃった通り、いったいどこに持っていって廃棄処分するのか。なのに“原発回帰”を露わにして「最大限活用」するというのですから、誤解を恐れずに言えば、この国は健忘症なのではないか、という皮肉すら投げかけたくなります。
内田 まさに健忘症でしょうね。「東日本が壊滅するんじゃないか」という、あのときの恐怖をみんな忘れている。そのぎりぎりまで行ったのは、青木さんがお書きになっているとおりなんですが、本当に偶然というか、どうして東日本が助かったか、よく分からない。
最悪の事態まで行くかと思っていました。そう思ったのは僕だけじゃないです。だって実際に東京の人たちがどんどん西に逃げてきましたから。震災から4,5日経ったときに、新聞社の取材があった。その記者の人が関西に向かう新幹線が西に逃げる人でいっぱいだったと教えてくれました。多かったのが子ども連れの若いお母さんで、「どこに逃げようか」と、みんなで通路で情報交換していたそうです。
とにかく西に逃げようと新幹線に乗っただけなので、箱根を越えた、三島で結構な数が降りたそうです。僕の知り合いも震災からしばらく三島のビジネスホテルで過ごしたという人がいました。そこに小さな子どもを連れた若いお母さんがたくさん泊まっていて、大浴場やレストランで情報交換していたそうです。僕の知人で西に逃げて逃げて、鳥取まで逃げたという人もいます。
青木 そういう人は僕の周囲にもいましたし、一方で取材者である僕自身も当時は被災地を這い回りつつ、正直に打ち明ければパニック状態に近いものがありました。どこまで近づいて取材すべきかどうか、すべて放り出して逃げた方がいいんじゃないかと。実際にメディア内部でもそうした議論や葛藤が相当にあったと聞いています。
内田 本当にね。東日本壊滅という、それぐらいのショックなら、日本人も反省して、原発事故から学んだかもしれない。でも、うちは菩提寺が山形の鶴岡なので、東日本壊滅されると困るんですけど。
青木 鶴岡がお父上の出身地なんですか。素晴らしいところです。僕は取材で全国各地を訪ねていますが、温泉が大好きなこともあって、鶴岡を含む山形の庄内地方は本気で移住したいくらい大好きな場所。温泉もいいし、何よりも水が驚くほど美味い。でも、わずか15年前にそれがすべて失われかねなかった、あの危機と恐怖を風化させてはダメでしょう。















