東京は異世界、「煮込み」に驚く
──〝外〟や〝遠く〟の視点は、さまざまな土地で暮らした経験のある稲田さんにも備わっていて、新刊『東西の味』に発揮されていると感じます。
稲田 僕は九州(鹿児島)出身で、大学進学を機に関西へ移って卒業後も含めてしばらく住み、それから名古屋に自宅を持って、東京でもしょっちゅう仕事をするようになったんです。西から徐々に東に向かっていったから、味の違いをドラスティックに体験してきたわけですが、東京に来たときに、一番カルチャーショックを受けました。「異世界に来た!」と。知っているようで知らない味が出てくるんです。おでん屋さんでも、今は関西風のおでんを出している店が増えましたが、昔からの店だと真っ黒なおでんが出てくる。構成は慣れ親しんだものなんです。大根、練り物、たまご。味付けだって昆布だしに醬油、みりん、砂糖と全部知ってる味なのに、トータルとして、全く知らない味だった。そういうことが、煮物でもきんぴらでも、蕎麦でもうどんでも、いろんな料理で起きて楽しくてたまらなかったんです。
吉田 全く同じですね。僕が東京で驚いたのは下町の味、「煮込み」です。最初に見たとき、これ、食べられるのかな?と。僕は高知出身で、関西は、肉を煮込まないですよね。すき焼きのように「焼く」はあるんだけど「煮込む」はあまりないから驚きました。何だかわからない内臓がいっぱい入ってるし。でもこれがおいしかった。煮込みの内臓は牛であったり豚であったりするんですが、東京では戦前から食べられていて、戦後になると、米軍が食べた肉の余りが内臓で、安価だったから下町を中心に庶民に広がったという独特の歴史があるんです。
稲田 僕も「煮込み」には驚きました。まず何に驚いたかといえばメニュー名が「煮込み」なんです。最初、何の煮込み? と思ったんですが、東京の人には説明不要なわけですよね。基本的には豚の白もつの煮込みが多くて、店に入ったら最初にそれを頼むと。常に鍋でぐつぐつ煮込まれているから、温かい料理がいきなり出てくる。いいなあと思って。
吉田 東京の下町といえば煮込み、それからチューハイです。これも米軍が飲んでいたハイボールを真似て、でもウイスキーは高いから焼酎にして、下町の大衆酒場に広がっていった酒ですね。こういう東京の広さというか多様性に驚いて、僕は当時住んでいた国立から、下町に引っ越したんですよ。気づいたら「酒場放浪記」が始まっていたという感じです。
これまでも全国を回ってきましたが、最近は意識的に地方に行っています。僕は山が好きで登山をしますから、地方でも時間があれば山に登って、下りたら一杯やるんです。その土地にしかないものはやっぱり面白くて、先日は一週間沖縄に行って、魚や料理とともに泡盛を楽しみました。消毒しすぎまして、まだちょっと喉が回復しないんですけど(笑)。
稲田 酒場における郷土料理的なものと、いわゆる地方グルメって違いますよね。
吉田 違いますね。
稲田 お役所が郷土料理として給食に導入するようなものともまたちょっと違う、酒場で出合うしかない食べものが僕は好きで、少し前に東北でそれを見つけました。「きゅうりの辛子漬け」という、きゅうりに、塩と砂糖と辛子の粉をまぶしただけの簡単なものが抜群においしかった! 名前は聞いたことがあったものの食べたのは初めてで、こういう発見をしたとき、地元の人に「おいしいですね」「珍しいですね」と言いたくなるんですが、言うと、そんな取るに足らないものを……と恐縮されがちなので、一人でニヤニヤして楽しむようにしています。
コシの讃岐うどん 柔らかい福岡のうどん だしの京都のうどん
吉田 今回の本では、とくに、「うどん」の章が気に入りました。僕もうどん、大好きなんですよ。香川のコシのある讃岐うどんがなんといってもおいしい。それから本にも出てくる、福岡のうどんもいいですね。「かろのうろん」というお店、知っています?
稲田 はい、わかります。
吉田 博多弁で濁点を発音しないから「うろん」なんですが、ここの柔らかくてコシがないうどんは、じんわりとおいしいです。まあ、僕の個人的な好みとしては香川のほうが好きなんですけど、どちらも東京にいるとなかなか食べられません。でも、「丸亀製麺」は食べ歩いてますよ。「酒場放浪記」の撮影が終わると、お腹がすくんですよ。
稲田 なるほど。意外と主食までは行き着きませんからね。
吉田 意外とそうなんです(笑)。「丸亀製麺」は店舗によって味が違うから、エリアごとのお気に入りを見つけています。麺職人さんとか店員さんによっても違いが出るんじゃないかと思いますね。丸亀と付くけれど丸亀(香川県)ではなく、兵庫県発祥の会社なんですけど、なぜここまで大成功したかといえばやっぱりおいしいからだろうと。
稲田 本当にそうだと思います。讃岐うどん、福岡のうどん、それから僕は京都のうどんも大好きなんです。
吉田 庶民的な大阪のうどんを上品にしたのが、京都の味だと思いますね。
稲田 大阪に比べると、京都は、だしに鰹をふんだんに使っています。大阪も鰹を使うんですが、昆布を超えない程度なんです。かたや京都の鰹は、昆布をポーンと超えていく。似ているようで全然違って、京都のうどんのキリっとした味わいに雅を感じてしまいます。
吉田 大阪は庶民の範囲を超えない。京都は超えるんです。
稲田 なるほどなるほど。好きな味は割と似ているはずだけど、超えようとするか、超えずに踏みとどまるかの違い。すごくよくわかります。これは良し悪しではなくあくまで好き嫌いの話ですが、僕は、京都のうどんが一番好きですね。
吉田 本に出てくる他の料理でいうと、ラーメンも好きですし、餃子も好きですね。羽根の付いた餃子もおいしいし、宇都宮餃子が人気なのもわかるんだけど、僕が好きなのは土佐の餃子です。もともと屋台で営業していた安兵衛という店で、今は東京にも2店舗あります(めぐろの安兵衛、えびすの安兵衛)。
稲田 どういう特徴があるんですか?
吉田 ジューシーでおいしいのはもちろんなんですが、大きさがちょうどいいんです。餃子は大きさで味が変わってくるんですよ。ここのは大きすぎず小さすぎず絶妙。福岡の一口餃子は、おいしいけどちょっと物足りないし、大きすぎると食べにくいしね。大きさが、僕の好みにドンピシャということです。
稲田 そうですか。僕にとっての一位は「餃子の王将」の生姜餃子なんですが、餃子はけっこう地域性がありますよね。
吉田 ありますね。
稲田 名古屋には、三日月みたいな形の、味の強めの餃子があります。すでに味が完結しているのに、外食に濃い味を求める名古屋らしく、ちょっと甘いタレをつけて食べるんですよ。僕は「名古屋餃子」と呼んでますが、名古屋の人はこれを特徴的と思っていなくて、懐かしい味だね、くらいの感覚のようです。ローカルグルメの面白さだなあと思います。














