さらに控える「これからの増税」
結局のところ、政治的に抵抗の強い分野には手を付けず、国民全体に薄く広く負担を求めるほうが、政治にとっては圧倒的に楽なのだ。
こうして、歳出改革なき負担増が繰り返される。「増税はしていない」という説明の裏で、国民の可処分所得は静かに削られ続けている。これこそが、増税が止まらない本当の理由である。
今後も、国民負担を押し上げる動きは続く。代表的なのが防衛増税だ。防衛費増額の財源として、所得税や法人税、たばこ税などの引き上げ・新設が検討・準備されている。開始時期が先送りされているだけで、「いずれ実施する」という前提は崩れていない。
さらに厄介なのが、国税ではなく自治体独自の課税である。東京都をはじめ、各地で宿泊税や環境目的税、観光関連の新税が検討・導入されている。
国の増税ほど大きく報じられず、「地域独自の取り組み」として静かに進むが、積み重なれば確実に生活コストを押し上げる。
「取って配る」なら最初から取るなよ
国が増税を控えている間に、地方が別の名目で負担を上乗せする。これもまた、国民が全体像を把握しにくい負担増の形だ。気づいたときには、あらゆる場面で「払うのが当たり前」になっている。
今、国民が本当に怯えるべきなのは、特定の税率が上がることではない。いつ、どこから、どれだけ取られているのかが分からなくなっていることだ。
税ではない支援金、毎年少しずつ上がる社会保険料、ブラケットクリープ、インフレ税。これらは単体では小さく見える。しかし、同時に、しかも恒常的に進めば、家計への影響は確実に積み上がる。
そして忘れてはならないのが、「取って配る」という発想そのものだ。給付や補助金で生活を支える前に、最初から取らなければいいという視点が、いつの間にか置き去りにされている。
一度集め、事務コストをかけ、条件を付けて配り直す。その非効率さが、さらに新たな財源を必要とする悪循環を生んでいる。
この状態が続く限り、26年4月は終点ではない。国民が怒らず、疑問を持たず、「仕方がない」と受け入れた瞬間に、同じ手法は何度でも繰り返される。
だから必要なのは、諦めではなく行動だ。選挙に行くこと。SNSや言葉で声を上げること。負担増を当然視する政治に、「それは違う」と示し続けることだ。
政治は、空気を読む。実際、ガソリン減税のように多数の声が上がれば、手取りを取り戻すことができる。この国は、声を上げない国民から先に削るのだ。
文/オオサワ・キヌヨ 写真/shutterstock













