「脳腸回線」の軸は迷走神経

このように脳腸回線では、休息時やリラックス時に働いて、消化、排便、排尿を促す副交感神経の働きが重要です。そこで、副交感神経について踏み込んで考えましょう。

脳やせき髄から出る副交感神経系には、迷走神経、顔面神経、舌咽神経、動眼神経、骨盤内臓神経などがあります。

中でも迷走神経は、首、胸、おなかの多くの内臓や器官に、あたかも迷走するように広く複雑に分布しているのでその名称で呼ばれます。機能は、声帯、心臓、呼吸、胃、腸、肝臓、膵臓などの運動、消化液、ホルモンなどの分泌をコントロールすることです。

脳と腸をつなぐのは、主にこの迷走神経です。つまり、「脳腸回線の軸は迷走神経(副交感神経)」なのです。

迷走神経の分布からわかるように、本社である脳は複数の支社である臓器を管理しています。もし自分が本社の社長なら、「心臓や肺」と「胃や腸」の双方に指令を出さなければならない場合、どちらを優先するでしょうか。

もちろんどちらも重要な臓器ですが、数秒の遅れが命に関わる「心臓や肺」に比べれば、「胃や腸」への指示はあと回しにするのではないでしょうか。

脳から指示が届かなければ、腸の業務は滞ります。しかし先述のとおり、腸は体の中でも大きな支社であり、その業務は多岐にわたります。腸は脳からの指示を受け取る外線に加えて、現場で自律的に動くための独自の内線である「腸管神経系」を備えているのです。腸は、脳の指令にただ従うだけの存在ではないわけです。

イラストはイメージです イラスト/Shutterstock
イラストはイメージです イラスト/Shutterstock
すべての画像を見る

では逆に考えて、腸は支社内線(腸管神経系)で業務ができているのに、なぜ本社との外線も持ち続ける必要があるのでしょうか。

実のところ、内線だけではほかの支社(臓器)と足並みをそろえて稼働することができないからです。生命維持だけならともかく、ヒトが複雑な環境で健康に生きるためには、腸管神経系だけでは完結できないことがしばしば起こります。

このため、腸は内線と外線の両方の電話回線を巧みに使い分けながら、ほかの臓器と綿密に連携しているのです。

「考える腸」が脳を動かす
菊池 志乃
「考える腸」が脳を動かす
2025年10月17日発売
1,100円(税込)
新書判/200ページ
ISBN: 978-4-08-721384-3

脳と腸は互いに影響し合っており、これを「脳腸相関」と呼ぶ。脳と腸をつなぐ経路には「神経系」「内分泌(ホルモン)系」「免疫系」があり、近年では「腸内細菌叢(腸内フローラ)」が深く関わることもわかってきた。これにより、胃腸のストレス関連不調に「認知行動療法」という新たな心理療法の道が開かれつつある。その研究者である消化器病専門医が、脳腸のしくみや過敏性腸症候群、糖尿病、肥満症、アレルギー、さらにはうつ病やアルツハイマー病との関係などについて最新の知見を示しながら、日常に役立つセルフケア法をわかりやすく伝える。

【主な内容】
・腸は自ら働く
・脳と腸は自律神経でつながっている
・排便時に「脳腸回線」が絶妙に働く
・ストレスホルモンは脳とせき髄を通して胃腸の不調を引き起こす
・腸内細菌は脳の免疫細胞にも関わる
・脳と腸の連絡を活発にするのは「腸内細菌」
・幸せ物質「セロトニン」の90%以上は腸でつくられる
・過敏性腸症候群の「認知行動療法」の実践法
・自分で脳腸相関を改善する方法はあるのか?

amazon 楽天ブックス セブンネット 紀伊國屋書店 ヨドバシ・ドット・コム Honya Club HMV&BOOKS e-hon