「キミの渋カジは間違っていないか⁉」
もう一つ、渋カジ特集に繰り返し出てくるのが「一言で言い表わすのは難しい」という悲鳴である。『東京人』では「どんなファッションか、実に様々なコーディネイトが見られるが(略)とにかく渋カジの着こなしはコレだ!と一言でいうのは難しい」と書かれ、『スコラ』(1989年8月号)では「渋カジにはカチっとしたルールなんかない」「一言で言い表わすのは難しい」と書きつつ「誰でもすぐに渋カジクンになれる」アイテムを紹介している。
そのうえで「キミの渋カジは間違っていないか⁉」と題して、若者たちのスナップを載せているのだ。さらに『ゴロー』(1989年11月号)では「雑誌から出てきたような〝渋カジバカ〞は嫌われるゾ!」と注意喚起している。
ルールがあるのか、ないのか。
雑誌をみれば、すぐ渋カジになれるけど、雑誌から出てきたと思わせたら、嫌われてしまう。なにがなんだか分からない。正解を規定するはずの雑誌の中で、カオスが生まれている。
メンズ向けの情報誌は「渋カジ」の芯をとらえることが全くできていないのだった。なぜこんなカオスが誕生しているのか。
若者たちが見栄を張り合いながら、街に自分をコピー・アンド・ペーストするときの一番のコピー元である『ポパイ』が、よりによって路上のファッションを後追いしたのである。
渋カジによって雑誌と路上の関係がひっくり返ってからのファッション誌は、そのプライドを折られ、見るにたえないほど混乱していた。雑誌を必要としない新しい若者たちを、彼らが集まるその路上を、ファッション雑誌が必死になってうしろから追いかけた。
この瞬間、雑誌が無名の若者たちに敗北した。あまりにも前例のないことだった。
雑誌の編集部は動揺する。大人たちは誌面に色濃くその混乱を反映させてしまうほど狼狽えていた。『ポパイ』のファッション観を当てにしていたのは、若者たちだけではなく、他の情報誌も同じだったのである。
文/高畑鍬名 写真/shutterstock













