"ありのままの自分"を出すと、社会で失敗する確率が上がる
説明しよう。まず最大のポイントは、現実の社会においては、あなたの"本音"が求められる場面はほぼないという点だ。いかにあなたが「素の自分を見てほしい」と願っても、需要がなければどうにもならない。
ホーガン・アセスメント・システムズの調査によれば、6ヵ月間にわたって全米の主要新聞に掲載された求人広告から6326件のサンプルを分析したところ、47%の企業が「対人スキル」を社員の必須スキルに挙げ、マネジメント職に絞った場合は、同じ数値が84%にまで上昇した。
日本の調査でも同じ傾向が見られ、経団連が行ったアンケートでは、実に82.4%の企業が「採用では対人スキルを重視」すると答え、「専門性」と答えた企業は22.1%にすぎない。
要するに、大半の企業が社員に求めるのは「コミュニケーションのうまさ」であり、私たちの人間性や個性には興味がないわけだ。
それもそのはずで、コミュニケーションがうまい人は、実際に仕事のパフォーマンスも高いことがわかっている。
たとえば、アムステルダム大学の調査では、研究チームは製造業で働く従業員314人を集め、全員の「共同体感覚」と仕事のパフォーマンスとの相関を調べた。「共同体感覚」は社会的に望ましい振る舞いをする能力のことで、以下のようなスキルが含まれる。
●周囲に礼儀正しく振る舞う
●相手のニーズや期待を察して対応する
●他者に不快感を与えず協調的に振る舞う
いずれもTPOに合わせた態度を取れるかどうかを重視しており、日常の言葉で言えば「空気が読める人」に近い概念だ。
分析の結果、「共同体感覚」の強さと仕事の評価には、中レベルの相関が見られた。具体的には、「共同体感覚」が強い者は、そうでない者よりも昇進する確率が約60%高く、年収が約25%多く、失業期間は約35%短かったというから、確実にキャリアの未来を左右するレベルの差だ。
同じような報告は多く、アメリカのビジネスパーソンを分析した研究でも、同僚から"感じがよい"と評価された者ほど上司の評価が高く、その影響は仕事の品質や生産量といった客観的な指標よりも強かった。いかに仕事で高い実績を上げようが、コミュニケーションが下手なだけで社内の評価は下がるわけだ。
さらに決定的なのはケント州立大学のメタ分析で、こちらは8635人分のデータを精査し、「職場の評価が高い人の特徴」をあぶり出している。類似研究のなかでは最もサンプル数が多く、信頼度が高い内容だ。
その結論は明確で、「他者焦点の印象管理で仕事の評価が上がる」というものだった。「他者焦点」とは、相手を持ち上げたり好意を示したりなどして自分の印象を上げるテクニックのことで、典型的な会話の例を挙げると、次のようになる。
●「このプロジェクトの進め方で迷っています。部長はこういう場面の判断がすごく早いといつも思うんですけど、よければアドバイスいただけないでしょうか?」
●「このあいだ、課長がアドバイスしてくださったやり方で資料を作ったら、クライアントにすごく好評でした。やっぱり現場をよくわかっている方のアドバイスは違いますね」
このように、「他者焦点」のコミュニケーションでは、あからさまな印象を与えずに相手を持ち上げるのが基本となる。要は"遠回しのお世辞"だ。
この手法によって、相手からの評価が上がるのは当然だろう。上司や面接官も人間なのだから、仕事はできるのに、態度がネガティブな人よりも、仕事はそこそこでも一緒にいて楽しい人に肩入れしたくなるはずだ。
データによれば「遠回しのお世辞」と「職務評価」の相関係数は0.25であり、人柄のよさが持つ影響は、小さいながらも無視できないレベルと言える。
結局のところ、世の中は、あなたの"ありのまま"など求めていない。私たちに要求されるのは、あくまでその場に応じた望ましい振る舞いだ。それにもかかわらず「ありのままの自分」を押し通すのは、ハイリスク・ローリターンな行為でしかない。
#3に続く
文/鈴木祐 写真/Shutterstock













